ヤマトタケル(六)望郷の歌

伊吹山の神

ヤマトタケルは草薙の剣を置いてきたまま、
伊吹山に登っていきます。

「素手でやつけてやる!」

必殺の草薙の剣を置いてきたのは、
余裕のあらわれでした。

山の入り口にさしかかった時、

ガサガサ、ガサガサ…

茂みをかきわけて、
大きな白いものが姿をあらわしました。

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「敵かっ!」

茂みの中からじいっと見つめる二つの目。

「ん…?」

それは、牛ほどもある大きな猪でした。

「なんだよ、ビックリさせるな…」

ヤマトタケルは白い猪のほうをキッと向いて、
大声で言います。

「この白い猪は、山の神の使いだろう。 今殺さなくても、山を降りる時に殺せばよいのだ」

そして、猪を無視して山に登っていきました。

「ムギイ!何たる屈辱!!」

残された猪はカンカンに怒りました。
実は猪は「神の使い」ではなく、
「神」そのものだったのです。だから、
「使い」などと格下に見られて、カンカンに怒ったのです。

「くらえヤマトタケル。フォー」

猪の姿をした山の神は口から息をはきました。
その息が冷たい雹となって、ヤマトタケルに襲いかかります。

「ううう…寒い。気が…遠くなってきた」

ヤマトタケルは、無理は禁物と伊吹山を降り、
玉倉部(たまくらべ)の清水に着いて休息を取るうちに、
正気を取り戻しました。

「こんなことをしていては
死んでしまう。
大和へ戻ろう…」

倭(やまと)は国のまほろば

ヤマトタケルは故郷大和を目指して出発し、
当芸野(たぎの)に至ります。

「はて…私の心はいつも空を飛んでいきたいと
思っているのに…今は足が動かず、
足がたぎたぎしくなってしまった」

「たぎたぎし」は、足がむくんで、でこぼこになっている様子です。
ここからこの地を「当芸(たぎ)」と言うようになりました。

さらに進んでいくと、
体の疲れはどうにもならないくらい、ひどくなってきました。

「ああ…どうしたというのだ。
俺は、あんなにも若々しく、力がみなぎっていたのに…。
今や、杖をつかないと歩けない」

ヤマトタケルは杖をついてフラフラと歩いていきました。
それで、その地を「杖衡坂(つえつきざか)」といいます。

尾津前(おつのさき)の一本松のところに来ます。

「そうだ。遠征に向かうとき、
この一本松の根元で食事をして、
刀を置き忘れてきたんだった…ん?」

見ると、遠征に向かうとき、この一本松の根元で
食事をした時に忘れてきたその刀が、
そのままの姿で残っていました。

「よく盗まれもしないで…」

ヤマトタケルは刀を取り、一本松を見て、歌を詠みました。

尾張に 直(ただ)に向へる 尾津崎(おつのさき)なる 一つ松 吾兄(あせ)を 一つ松 人にありせば 大刀(たち)佩けましを 衣(きぬ)着せましを 一つ松 吾兄(あせ)を

(尾張の方角にまっすぐ向いている尾津崎の一本松よ。なあお前、もしお前が人であったなら、この太刀を佩かせるのに。衣を着せるのに。一本松よ、なあお前)

そこからさらに進んでいって
三重村(みえのむら)に至った時、
ヤマトタケルは言いました。

「足が三重(みえ)に曲がって
しまったようだ。ひどく疲れた」

それで、この地を名づけて三重といいます。

さらに進み、能煩野(のぼの)に至った時、
いよいよ体は重く、意識は朦朧とします。

そんな中にも、なつかしい故郷倭のことが思われ、
息も絶え絶えな中に、詠みました。

倭(やまと)は
国の真秀(まほろ)ば
たたなづく青垣
山籠れる 倭し麗し

(倭はどこよりも美しい国だ。重なり合う青い垣根のような山々に囲まれた、倭の国は、最高に美しい)

また歌います。

命の 全(また)けむ人は 畳薦(たたみこも) 平群(へぐり)の山の 熊白檮(くまかし)が葉を 髻華(うづ)に挿せ その子

(私は死んでいくが、倭にいる皆は、私の死後も生き続ける。だから、平群の山の大きな樫の葉を、かんざしに挿せ。そうすれば樫の葉の力が、全身にみなぎり、力があふれるだろう)

この歌は思国歌(くにしのびのうた)。
つまり、故郷を思っての、望郷の歌です。

また歌います。

愛(は)しけやし 我家(わぎへ)の方よ 雲居立ち来も

(なつかしい、わが家の方角から、雲が立ち上がり、包み込むように、こっちに迫っている)

こうして、歌の結びとしました。その時、

「う…ううっ、ごほっ、ごほっ」

病状が急に悪化し、咳き込みますが、最後に、歌います。

嬢子(をとめご)の 床(とこ)の辺(べ)に 我が置きし 剣(つるき)の大刀(たち) その大刀はや

(わが妻のもとに置いてきた太刀。あの太刀。ああ…)

わが妻は尾張に残してきたミヤズヒメ。
太刀は草薙の剣です。

草薙の剣はもともと叔母である
ヤマトビメから贈られたものでした。
これまでヤマトタケルを幾度となく守ってくれたものです。

草薙の剣を置いてきたばかりに、
伊吹山の神の気に押され、死ぬことになった。その、
後悔の念が、この歌にはこもっています。

そして草薙の剣を持つ、愛しい妻ミヤズヒメに、
もう一度会いたいという気持もあふれています。

叔母ヤマトビメ。妻ミヤズヒメ。
そして草薙の剣は、はるか神代の
アマテラスオオミカミにつながっていくものです。

今まで自分を守ってくれていた、
すべての女性的なるもの。

今や、私はそれらから永遠に切り離されてしまった…。

さまざまな思いが、「その大刀はや」の言葉にこもっています。

歌い終わるや、ヤマトタケルは息を引き取ります。

「御子さま、御子さまーー!!」

供まわりの者たちは嘆き悲しみます。
すぐに大和へ早馬の使者を走らせます。

鳥となったヤマトタケル

「ええっ!御子さまが!」
「まさか父上が!」

倭にいた后と御子たちは、
ヤマトタケルが死んだと知らせを受けて、
倭から伊勢の能煩野(のぼの)に下ってきます。

「タケルさま!」
「父上!」

后と御子たちは、たしかにヤマトタケルが
死んだとわかると、御陵をつくり、
御陵に隣り合う田圃の上に身を投げ出し、
泥だらけになるのも構わず転げまわり、
おんおんと泣きました。

なづき田の 稲幹(いながら)に 稲幹に 這ひ廻ろふ 野老蔓(ところづら)

(御陵に隣り合う田圃の稲の幹に、その稲の幹に、からみついているヤマイモの蔓)

バサッ、バサバサッ

「えっ?」
「なに?」

その時、御陵の中から、
ヤマトタケルが大きな千鳥の姿となって、
はるかの空に飛び立ちます。

「タケルさま!」「父上!」

これを見て后と御子たちは、篠の切り株で足を切り、
傷つけたけども、その痛みも忘れて、
泣きながら追いかけていきました。歌っていうには、

浅小竹原(あさじのはら) 腰泥(なず)む 空は行かず 足よ行くな

(篠原をかきわけて進んでいくが、篠が腰にからまって、なかなか進めない。空を飛びたいがそれもできず、足でよたよた追いかけていく)

千鳥はどこまでも飛んでいき、はるかの空に飛んでいき、
ついに海の向うへ飛んでいき、后と御子たちは
涙ながらにジャバジャバと海に駆け込みますが、
これ以上追っていくこともできず、詠みました。

海処(うみが)行けば 腰泥(なづ)む 大河原の 植ゑ草 海処は いさよふ

(海を行くと、腰まで水につかって進めない。広い河原の水面にただよう浮き草のように 海は、ただよってよく進めない)

また千鳥が飛んでいって、磯にいったん泊まった時に、

浜つ千鳥 浜よは行かず 磯伝ふ

(浜の千鳥は私たちが歩きやすい浜は行かず、歩きにくい磯を行く。なおさら、追いつけない)

これら四首の歌は、
後日ヤマトタケルの葬儀の際に歌われました。

それで、今日に至るまで、天皇の大葬の時に
これら四首の歌を歌います。

千鳥となったヤマトタケルは伊勢の国から飛び去り、
河内国の志機(しき。 大坂府羽曳野市)に留まりました。

なので、その地に御陵を築きます。
この御陵を白鳥陵(しらとりのみささぎ)といいます。

ヤマトタケルの魂はしかしまた、天高く舞い上がり、
いずこかへと飛び去っていきました。

≫つづき 「神功皇后(一) 新羅征伐」



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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございます。

解説:左大臣光永
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