清寧天皇(一) 二王子の帰還
皇統断絶
雄略天皇の御子、清寧天皇(せいねいてんのう・
白髪大倭根子命 シラカノオオヤマトネコノミコト)は、
磐余(いわれ)の甕栗宮(みかくりのみや)で天下を治められました。
この天皇には皇后も御子もいらっしゃいませんでした。
なので天皇が崩御すると、世を治める王がいなくなります。
そこで後継者たる王を捜し求めて
雄略天皇が殺害したオシハワケノミコ(忍歯別王)の妹の
オシヌミノイラツメ(忍海郎女)、またの名はイイドヨノミコ(飯豊王)を
葛城の忍海(おしぬみ)の
高木角刺宮(たかぎのつのさしのみや)にお迎えしました。
二王子の舞
さて、山部連小楯(やまべのむらじおだて)が
播磨国の監督官として派遣されていった時、
その国の住民でシジム(志自牟)という者が
新築祝いをしているところに行きあいます。
「さあさあ、みなさん、今日はめでたい新築です。
ぞんぶんに飲んで、食べていってください」
宴もたけなわになった頃、身分の高さと年齢順に、
次々と舞を披露しました。
そして一番最後に、火をたく役の二人の少年が声をかけられます。
「おうい、お前たちも踊れ」
「ええっ、私たちですか。
兄さん、お先にどうぞ」
「なに、弟よ。お前こそ先に」
兄弟で譲り合うのを、みんなほほえましく、
笑いながら見ていましたが、結局兄が舞うことになりました。
ひらり、ひらり…
衣の裾をはためかせて、兄は舞います。
「おお…」
「これは…」
その場にいあわせた人々は、その見事な舞に驚きます。
まさか身分卑しき火炊きの少年が、こんな見事な舞を
舞うなんて。
「では弟よ、続きをたのむ」
「はい。兄さん」
引き継いだ弟が、今度は歌を詠みました。
物部《もののふ》の 我が夫子《せこ》が 取り佩《は》ける
大刀《たち》の手上《たかみ》に 丹描《にか》き著《つ》け
其の緒は 赤幡《あかはた》を載せ 赤幡を立てて見れば
五十《い》隠る 山の三尾《みお》の 竹をかき刈《か》り
末押し縻《な》ぶる魚簀《なす》 八絃《やつお》の琴を
調ぶる如く 天《あめ》の下を 治め賜へる
伊耶本和気《いざほわけ》 天皇《すめらみこと》の
御子市辺之《みこいちのへの》 押歯王《おしはのみこ》の 奴末《やっこすえ》
(武人である私の主人が、腰に帯びている太刀の先には
赤土を塗り、その末には赤い布をつけ、赤幡を立てて見れば
幾重にもつらなった山の峰に生えている竹を刈り取り、
竹の先をおしなびかし、八弦の琴を見事にかき鳴らすように
天下を治められた、イザホワケ天皇(覆中天皇)の御子
イチヘノオシハノミコの子孫が、今はこのように奴に身をやつしているのです)
「はあっ。ふあああっ」
ドッターン
歌を聞いてびっくりして、山部連小楯(やまのべむらじおだて)
は椅子から転がり落ちました。
「みみみ、みこ、みこ、みこさま。
では、あなた方は」
「いかにも。オオハツセに討たれた
オシハノミコの御子、オケとヲケだ」
「なんと、お痛ましや」
山部連小楯(やまべのむらじおだて)はすぐに、その場にいる者たちを追い出し、
近くに仮の宮をつくらせ、オケとヲケの兄弟をお迎えし、
葛城の角刺宮に早馬の使者を飛ばしました。
「なんと、王子たちが、生きていたのですか!」
叔母であるイイドヨノミコ(飯豊王)ははらはらと涙を流し
二王子を葛城の角刺宮に迎えました。