覆中天皇(一) スミノエノナカツミコの反乱

聖帝と呼ばれた仁徳天皇の子の覆中天皇(イザホワケノミコ)は、
伊波礼(いわれ)の若桜宮で天下を治められ、
皇子が二人、皇女が一人いらっしゃいました。

父君である仁徳の帝が崩御後、そのまま難波の宮にとどまり
宴会を開いていましたが、宴会のさなか、天皇は
酔っていいご気分になってきました。

「う~い。天下どれほどのものぞ」
「ミカド、そろそろ御休みください」

こうして天皇は床におつきになりました。

「ふふふ…よく眠っている。今こそ絶好の機会」

狙っていたのは、弟の墨江中王(スミノエノナカツミコ)でした。

カチカチ、ぼっ…

ぼぼーーー

天皇の御殿に、火をつけます。

「ごほっ、ごほっ…なんだか煙たいな。
あっ、あああっ!」

天皇がお気づきになった時は、すでに御寝所のまわりは
火の海でした。

「誰か、誰かある」

「ミカド、ご無事ですかーーッ」

ドカーーッと炎の中飛び込んできた阿知値(あちのあたい)という男が、
ばっと天皇をかつぎあげ、熱も煙もかえりみずふたたび
炎の中を駆け出して、外まで天皇をお連れし、

「あああ…燃える。父上の難波の宮が。
燃えていく」

がくっとくず折れる天皇。

「ミカド!ミカド!ぐぬぬ…今はこの場を離れるが先決」

阿知値はミカドをかついだまま馬に飛び乗り、

「でやっ!!」

一鞭当てると、

ヒヒーーーン

バカラバカラバカラバカラ

馬は一路、倭の方を目指し、ひた走ること数刻。

まだ夜は明けていませでしたが、
天皇は目をおさましになりました。

「ここは…どこか」

「河内国・多遅比野《たぢひの》というところです」

「いったい、何がどうなったのじゃ」

「弟君の墨江中王が御殿に火を放ったのです。
それで、倭へ逃げているところです」

「なんと、弟が。あああ…」

そこで天皇は歌をお詠みになりました。

多遅比野《たぢひの》に 寝むと知りせば 立薦《たつごも》も
持ちて来《こ》ましもの 寝むと知りせば

(多遅比野なんて場所で寝ることになるとわかっていれば、
風よけのムシロでも持ってくればよかったことよ。
こんなところで寝ることになるとわかっていれば)

埴生坂(大阪府羽曳市野々上)について、
難波宮の方角を振り仰ぐと、なお赤々と火が燃えていました。

そこで詠みました。

波邇布坂《はにゅうざか》 我《わ》が立ち見れば かぎろひの
燃ゆる家群《いえむら》 妻が家の辺《あたり》

(埴生坂に立って私が見ると、真っ赤に燃える家々が見える。
あれは私の妻の家のあたりだ)

そして河内と大和の境、穴虫峠につくと、
そこに一人の少女が立っていました。少女が言います。

「お待ちしておりました。武器をもったものたちが、
あまたこの道をふさいでおります。当麻道より
迂回して大和へ越えてください」

「なんと!」

そこで天皇はまた歌をお詠みになりました。

大坂《おおさか》に 遇《あ》ふや娘子《おとめご》を 道問へば
直《ただ》には告《の》らず 当芸麻道《たぎまち》を 告《の》る

(大坂でであった少女に道を尋ねると、
まっすぐ行くな、当麻路へ迂回しろと教えてくれた)

歌というか、そのまんまですが…

こうして天皇は河内から大和へ越え、石上神宮にお着きになりました。

≫つづき 「覆中天皇(二) ミズハワケの機転」

解説:左大臣光永
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