覆中天皇(二) ミズハワケの機転

この時、天皇の同母弟であるミズハワケノミコト(水歯別命)が
参上して天皇に拝謁を申し出ました。

「なにい。ミズハワケが来た。ぶるふる。
おおかたスミノエナカツミコと同じ魂胆であろう。
もう弟など、信用できぬ。話すことなど、無い」

「私は、誓って天皇に反逆心などございません。
スミノエナカツミコとは違います」

「ふん!そんな言葉、信用できるものか。
もし本当なら、難波にもどってスミノエナカツミコを殺して
もどってこい。そしたら話しあおう」

(やれやれ…兄上の猜疑心にも困ったものだ)

思いつつミズハワケはもと来た道を難波まで引き返し、
スミノエナカツミコの近くに仕えているソバカリ(曾婆訶理)
というものをたぶらかして、言いました。

「もし私の言うことに従うなら、
私は天皇となり、お前を大臣にしてやる。
ともに天下を治めようではないか。
どうする」

「わかりました。やりましょう」

「よし。それでなければ男ではない。
褒美を取らせよう」

ミズハワケはソバカリに多くの褒美を取らせます。

ソバカリの主君スミノエナカツミコは
便所で用を足していました。そこへ、

「ふんふんふ~ん♪」
「でやっ」
「ぐはっ」

こっそり忍び寄ったソバカリが、後ろから矛を
突き立てると、スミノエナカツミコの背中にぶっさりと
矛がささり、ぐううと息絶えてしまいました。

「やった!やったぞ俺は大臣だ!」

喜ぶソバカリ。しかし命令を出した
ミズハワケはひそかに考えました。

(ソバカリは私のためには大きな働きをなした。
だが、仮にも主君を殺害したのだ。忠義の道に反している。
しかし、だからといって、その功績に報いないのは
主君としての義が欠けている。そうかといって
功績に報いてしまえば、今度は私こそいつ殺されるかと
恐れることになるだろう)

そこで、河内から大和へ向かう途中の
穴虫峠で、ミズハワケはソバカリに言いました。

「ソバカリ、よくやってくれた。お前の働きはいかにも大きい。
今夜はここらで祝宴を開こう。もちろん、主賓はお前だ。
そしてお前に大臣の位をさずけてから、大和に戻ろう」

「ははーっ。ありがたきしあわせ」

すぐに山の入り口に仮の宮をつくって酒宴を執り行い、
「ソバカリ、その者を大臣に任ずる」
「ははーっ」

ソバカリは涙ながらに位を受けました。

さらにミズハワケはソバカリに言います。

「ソバカリ、お前の働きなくして、今回の勝利はなかった。
どうか、私と同じ盃で飲んでくれ」

「ああ勿体ないことです」

ミズハワケは顔がまるまる隠れるくらいの大きな盃を
持ってこさせ、とっとっとっとと酒を注がせ、
まずぐっ、ぐと自分が飲んでから、
ソバカリに盃をすすめ、

「今度はお前が飲め」

するとソバカリは盃を受け取って、
ぐっ、ぐっ、ぐぐーーと景気よく飲んで盃が顔を覆った、
その時、ミズハワケは敷物の下に敷いていた剣を取り出し、

ズバアアアッ

「ぐ、ぐぶぶ」

ソバカリの首を一息にかっ切りました。

ミズハワケはソバカリの首をもって、その明くる日に
大和へ登りました。

そのため、この場所を「飛鳥」とし、難波から近い場所に
あったので特に「近つ飛鳥」としました。

大和に登りついたミズハワケは、
ソバカリを殺した身が穢れているので、
その晩は禊をして身を清め、その明くる日に
天皇のまします石上神宮に上がりました。

そのためその場所を「遠つ飛鳥」としました。

石上神宮に上がったミズハワケは天皇に奏上しました。

「任務完了」と。

天皇は
「よし」

と。そしてお二人でよく話をされました。

この天皇は御年64歳。その御陵は毛受(もず)にあります。
現在の大阪府堺市石津ケ丘。大仙古墳(仁徳天皇陵)のすぐそばです。

≫つづき 「允恭天皇(一) 軽太子と衣通姫」

解説:左大臣光永
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