垂仁天皇(一)サホビメの悲恋

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夫と兄と

11代垂仁天皇は、師木の水垣宮(奈良県桜井市金屋のあたり)で
天下を治められました。垂仁天皇には皇子が十三人、皇女が三人ありました。

この天皇はサホビメ(沙本毘売)をめとって妻としていました。
しかし、サホビメは天皇に召される以前から実の兄である
サホビコ(沙本毘古)と愛し合っていたのでした。

そこに天皇からお召しがかかり、
しかも世間をはばかる関係でもあり、泣く泣く兄と妹は引き裂かれ、
妹サホビメは天皇のおそばにお仕えしていたのでした。

しかし、兄サホビコは、
どうしても妹サホビメに対する愛しさを諦めきれませんでした。

「ああ、サホビメ、サホビメ、今ごろどうしているのか。
たとえ天皇といえど、お前が他の男に抱かれるなど、
想像するだに忌まわしい」

ある日宮殿の中ですれ違った時、サホビコはひそかに
妹に言いました。

「夫と兄と、どちらを愛しいと思っているか」

「な、なんです兄上こんな所で。すぐに人が来ますわよ」

「かまうものか。俺は、お前のほんとうの気持ちを確かめたいのだ。
夫である天皇と、兄である私と、どちらを愛しているのだ」

「そんな、兄上、それは…兄上に決まっているじゃないですか
宮中に召されてからも、兄上のことばかり想っておりましたわ」

「二言は無かろうな」

「どうして兄上に嘘など申しましょう」

「よし。お前がほんとうに俺を愛しているなら、
俺と、お前で、天下を治めよう」

すっと差し出されたのは、鍛えに鍛え抜かれた、
短刀でした。

「この刀で、天皇が寝ている時に、刺し殺せ」

「ええっ…!!」

妹サホビメはあまりのことに気が動転しましたが、
兄のあまりの剣幕に、わかりましたと、うなづきました。

(もともと天皇の后となるなんて、私の意思ではなかった。
無理につれてこられたようなものだし…。
ひと思いにやってしまえば、また自由になれるかも。
兄上といっしょに暮らせるかも)

サホビメの涙

サホビメは、天皇が膝枕をしてぐっすり御休みになっているところへ、
刺し殺そうとチャッと剣を振り上げますが、その手が止まってしまいます。

三度振り上げるも、サホビメは思いとどまります。

その時サホビメは気づいたのでした。

三年にわたって夫婦生活を送っているうちに、
天皇のことを、愛してしまっていたことに。

「うう…私、どうしたら」

思わずこぼれた涙が、ぼたりと天皇の頬にこぼれ落ちます。

「む…うぬぬ」

天皇は目をさまして、おっしゃいました。

「おかしな夢を見た。沙本(奈良市法華町・法華寺町)の方角から
にわか雨がおこって、急に私の頬を濡らしたのだ。
また、錦の模様のある小さな蛇が私の首に巻きついた。
このような夢を見たのは、いったいどういうわけであろうか」

「わが君、実は…!!」

サホビメはついにこらえ切れなくなって、
一切を天皇に打ち明けます。

兄サホビコが「夫と兄とどちらを愛しているか」ときいてきたこと。
それに対して「兄上です」と答えたこと。
すると兄サホビコは「二人で天下を治めよう」といって
短刀を授けたこと。「この短刀で天皇が寝ている時に、刺し殺せ」と
指示されたこと。

兄の指示とおり、たった今刺し殺そうと、三度刀を振り上げたものの、
悲しさにたえず、涙がこぼれ落ちたことまで、ぜんぶ話しました。

「なんと、けしからん。
ふとどきなるはサホビコ。攻め滅ぼしてくれる」

天皇は軍勢を集め、サホビコのもとに攻め寄せました。
いちはやく察知したサホビコは稲の束を積んで、
臨時の砦として迎え撃ちます。

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サホビメの決意

戦の準備のどさくさの中、サホビメは天皇の陣営を裏門から抜け出し、
兄のたてこもる稲城に向かいました。

「お前、来てくれたのか」
「もうどこにも行きません」

ひしと抱き合う兄と妹。

「なに!サホビメがいない!」

天皇が気づいたときは時すでにサホビメは逃げ出した後でした。
しかも、サホビメはこの時天皇の子を身ごもっていました。
天皇にはそれが気がかりでした。
また三年にわたる夫婦生活を思い、悲しみを抑えられずにいました。

それで、敵のたてこもる稲城を包囲したものの、すぐには攻めずにいました。

「ええい。どうすればいいのじゃ」

天皇以下、敵方に人質をとられているような形で、
手が出せませんでした。その時、

ほんぎゃ、ほんぎゃ、ほんぎゃ

敵の陣営の中から赤子の鳴き声が響いてきます。

「おおっ!あれはわが子か。
わが子なのだな!」

思わず、身を乗り出す天皇。

陣営の中で出産を終えたばかりのサホビメは、生まれたばかりの赤子を
陣営の外に出し、天皇の陣営に使者を遣わします。

「もしこの子を天皇の御子と思ってくださるなら、
迎え入れてください」

手紙を受け取った天皇ははらはらと涙を流します。

「当然だ。お前の兄のことは憎いが、
后であるお前を、どれほど愛しく思っていることか!」

こうおっしゃったのは、赤子とともに
后をも取り戻すお気持ちがあったからでした。

そこで天皇は兵士たちの中に腕っぷしが立ち
動きもすばやい者たちを集めて、お命じになります。

「赤子を取り上げる時に、その母王(ははみこ)をも
ひっつかんでこい。髪だろうが手だろうが、
みさかいなく引っつかんで、つれてこい」

しかし、サホビメは天皇の考えを察知していました。
あらかじめ髪の毛の剃り、剃り落とした髪の毛で頭を
覆い、また玉の緒を腐らせて三重に手に巻き、
また、衣を酒につけて腐らせて、ふつうの衣のように着て、
その赤子を抱いて稲城の外へ差し出した、その時、

「それっ、御子さまと、
皇后さまをお守りしろっ」

兵士たちは一気に駆け寄り、ばっとまず赤子を取り上げ、
次に母君の連れて行こうとしてまず髪の毛をひっつかむと、
ずるっと髪の毛は落ち、その手を取れば、玉の緒がちぎれ、
その衣を取れば、衣はすぐに破れました。

それで、赤子は取り上げることができましたが
母君は連れて行くことができませんでした。

兵士たちが戻ってきて天皇に奏上することに、

「まず髪の毛をひっつかむと、
ずるっと髪の毛は落ち、その手を取れば、玉の緒がちぎれ、
その衣を取れば、衣はすぐに破れました。

それで、赤子は取り上げることができましたが
母君は連れて行くことができませんでした」

と。

「ぐぬう!!なんたること!!」

天皇は頭にきて、サホビメのために玉を
作った者たちの領地を没収しました。

また天皇は、サホビメに、

「すべて人の子は、必ず母が名前をつけるものだ。
この子の名をなんとする」

「今、火の稲城を焼く時に、火の中で出産しました。なので、
その御名は、ホムチワケノミコ(本牟智和気御子)と
してください」

「どうやってお育てしたものだろう」

「乳母をつけて、入浴係の侍女をつけて、
お育て申し上げてください」

「お前が結んでくれた衣の紐を、
誰に解いてもらったらいいのか」

衣の紐を結ぶのは夫婦の契りを交わすことで、
それを誰か他の人に解いてもらうというのは、
つまり再婚を意味しています。誰と再婚したら
いいだろうかと、天皇はサホビメにきいたのでした。

サホビメは答えます。

「エヒメ(兄比売)・オトヒメ(弟比売)という姉妹がおります。
天皇に忠実な者です。この姉妹をお召しになったらよいでしょう」

「そうか。ではそうしよう。ほんとうに、
もう、我がもとに戻ってきてはくれぬのか」

「無理でございます」

「我はこれよりお前の兄を
殺さなければならないが、戻ってきてはくれぬのか」

「私は兄に従います」

「そうか。では仕方がない
火を放てッ」

ヒュン、ヒュン、ヒュン

何十、何百という火矢がいっせいに放たれ、
サホビコがたてこもっていた稲城に火が燃え移ります。

ゴーーー、パチパチパチッ…

燃え盛る炎の中で、サホビコ、サホビメの
兄妹は手を取り合い、焼き殺されました。

≫つづき【垂仁天皇(二)物言わぬ御子】

解説:左大臣光永

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