鉢かづき姫

むかしむかし、河内の国交野(かたの)という所に、裕福な貴族のおやしきがありました。そのおやしきには姫君が一人いて、たいそう可愛がられていました。

小さな頃から器量がよく、歌をよんだり琴を奏でたり、将来はさぞ名のある若者のお嫁さんになるだろうと両親の期待をいっしんに集めていました。

ところが姫が十三歳になる年、母君は重い病気にかかります。毎日病の床に臥せって、もう命も絶え絶えです。

母君は後に残していく姫のことが心配で、毎日観音さまにお祈りしていました。

すると、ある晩夢の中に観音さまが現れ、おっしゃります。

「娘のことが大切なら、頭に鉢をかぶせることです。そのことで辛い思いもするでしょうが、めぐりめぐって幸せになれるのですよ」

母君は観音さまのお告げどおり、姫の頭に鉢をかぶせます。見るからに変な格好ですが、観音さまの言うことだから間違いはなかろうと、かぶせます。

それから数日して、母君は息を引き取ります。

姫は悲しみに沈みます。鉢をかぶったまま母君のなきがらにすがり、しくしく泣きました。

お葬式もすっかり終わった頃、父君は娘のかぶっている鉢を見て、さすがにもう取ってもよかろうと言い出します。いくら観音さまのお告げといっても、いつまでもそんな格好でいられないだろうと。

ところが、はずれません。ぐーっとひっぱっても、頭にひっついてて、取れません。下人にひっぱらせましたが、頭がひっぱられて、痛いだけです。姫も父君も、ほとほと困ってしまいました。

1年後、父君は再婚します。新しい母君はイジワルな人で、姫のおかしな格好を見て、「まあ、気持ち悪い」とあざけるのでした。

時々は廊下でわざとぶつかって、よろける姫を見てふふんと笑います。最悪の継母です。鉢をかぶって不自由な姫を、いたわるどころかイジメるのです。ロクにご飯も食べさせないのです。

しかも、イジメたことをお父さんに言いつけるとヒドイよと脅し、水をぶっかけたり棒で殴ったり…イジメもたいがい飽きてくると、とうとう下人に命じて遠くに運ばせ、置き去りにします。姫は捨てられたのです。

寒い寒い雪の日でした。自分がどこにいるかもわからない、鉢をかぶってて足元しか見えないが、近所でないことは確かです。姫はとほうに暮れながらも歩き始めました。

それから何年も、姫はあちらの村こちらの町とさまよいます。稲の刈り入れを手伝ったり、洗濯をしたり。食べるために仕事をしました。姫の異常な格好を見てみんな最初は気味悪がるのですが、働きものなのでどこへ行ってもすぐ気に入られます。「今日も精が出るね」などと声をかけてくれます。

ある日姫が河原で元気に洗濯をしていると、ふとしたはずみで足を踏み外してしまいました。「あっ」と思った時には川の中です。「溺れる!」と思いましたが、さいわい鉢のためにプカプカと浮いたまま流され、どこかの河原に打ち上げられました。

それにしてもえらい遠くまで流されてしまいました。途中で洗濯ものを投げ出すなんて無責任なことです。早く戻らないと。でもどうやって。姫は途方に暮れます。

すると、そこへ馬に乗った貴族の若者が通りかかります。下人に馬を引かせ散歩していたところに、河原に変なものを見つけたのです。

「もし、いったいどうなさいました。そんな鉢などかぶって。よほどの事情があるようですが…?」

それは優しい、人を信用させる声でした。姫は若君にこれまでのことを話します。

「私はあるゆうふくな家の一人娘だったんですが、十三歳の時母が亡くなりました。

母は亡くなる間際に観音様のお告げだと言ってこの鉢をかぶせてくれました。このためにツライ想いをするかも知れない、でもめぐりめぐって幸せになれるのですよと言って。

母の葬式の後、そろそろ取ってもいいだろうということで引っ張ったのですが、どうしても取れません。仕方なく鉢をかぶったまま生活することになりました。

それから父が再婚して新しい母が来ます。新しい母は私の醜い姿を見てイジメました。廊下でわざとぶつかって、よろける私を見てフフンと笑うのです。最悪の継母です。とうとうイジメにも飽きたのでしょう下人に命じて私を遠くに捨てさせました。

わざわざ雪の日を選んで私を遠くに捨てたんです。ひどい話です。 それはそうと、まあ、仕方ないので、生きていくために働くことにしました。

稲の刈り入れを手伝ったり、洗濯したり。こんな醜い格好だから最初は気持ち悪がられるのですが、頑張って働いてるうちに、周りの方々は受け入れてくださいました。「今日も精が出るね」とか気さくに声をかけてくれました。いい人ばかりです。

今日も川で洗濯をしていたのですが、つい足を滑らせてしまって…こんな遠くに流されちゃいました。洗濯物も流されちゃったし、どうしましょう。困りました…」

若者はすっかり姫の話に惹きつけられていました。こんな素晴らしい女性が世の中にいる。しかも目の前にいる。生きる希望がわきます。人生は捨てたものではないと思えてくるのでした。

そして思いました。ぜひお嫁にもらいたいと。

後に若君は姫に想いを伝え、姫が受け入れ、二人はめでたく夫婦になったという鉢かづき姫のお話です。

解説:左大臣光永
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