雄略天皇(三)吉野の童女・阿岐豆野・葛城山の大猪

吉野の童女

天皇が吉野の離宮に行幸した時、吉野川のほとりにとても美しい少女がありました。
天皇は一瞬で気に入って、すぐに床を共にした後、長谷の朝倉宮に戻ってこられました。

その後、ふたたび吉野へ行幸した際に、その少女にふたたび会いました。

「おお、久し振りではないか」
「陛下、ご機嫌うるわしゅう」

などと言い合いながら、夜、天皇は御前に少女を召して、
ご自信が御琴を弾くのにあわせて、舞を舞わせました。

ひらり、ひらりと舞う姿はあでやかで、
「おお…」「見事…」
臣下たちも思わずため息をもらします。

そのあまりの見事な舞に、天皇は歌を詠みました。

呉床居《あぐらい》の 神の御手《みて》もち 弾く琴に
舞《まい》する女 常世《とこよ》にもがも

(台座に座る神である私の御手で弾く琴に、
見事に舞をする少女。いつまでもその姿をとどめたいものよ)

虫すら従う天皇

それから阿岐豆野に行幸して、狩をされていた時に、天皇は台座に座っておられました。
そこへ、ぶーーんと虻が飛んできて、天皇の腕をかみました。

「うっ!つうっ…やられたあっ」

「ミカド、どうされましたか!」

「虻じゃ。あの虻が。わしの腕をーーっ」

臣下の者たちが見ると、虻がまさに飛び去ろうとしているところでした。

「おのれ天皇の腕にかみつくとは、不届きな虻」

ヒュンヒュン、ヒュンヒュン

さんざんに矢を射掛けますが、なにしろ虻は小さいですから、
あたりません。そこへひゅーーーっと飛んできた蜻蛉が、
わしっと虻をつかまえて、はるかの空に飛び去っていきました。

一同、きょとんとします。

「蜻蛉が…虻を捕えた。
あっぱれ蜻蛉」

ワアァァァと歓声が上がる中、天皇は歌を詠まれました。

み吉野《えしの》の 小室《こむろ》が岳に 猪鹿《しし》伏すと
誰《たれ》そ 大前《おおまえ》に奏《もー》す
やすみしし 我が大君《おおきみ》の 猪鹿《しし》待つと
呉床《あぐら》に坐《いま》し 白栲《しろたえ》の 袖着そなふ
手腓《たこむら》に 虻《あむ》掻《か》き着き 其の虻を
蜻蛉早グひ 斯くの如《ごと》 名には負はむと
そらみつ 倭《やまと》の国を蜻蛉島《あきづしま》とふ

(吉野の小室が岳に猪や鹿がいると、誰が天皇に申し上げたのだろうか。
わが大君が猪や鹿を待って台座にお座りになっていると、
白妙の衣で覆われた御腕に虻がかじりつき、その虻を
あっという間に蜻蛉が食ってしまった。なるほど、だから
倭の国を蜻蛉島《あきづしま》というのだな)

それで、この時からこの地を名付けて阿岐豆野といいます。

葛城山の大猪

また、ある時に天皇は葛城山の上にお登りになったところ、大きな猪が出てきました。

「うわあっ」

あわてて天皇は鏑をつがい、ひょうと放つと、その矢が猪に刺さります。

ブホーーーッ

逆上した猪は一直線に、天皇に向けて突進してきます。

「た、たすけてくれえ」

天王は大慌てで逃げ出し、木に登りあがりました。
木の下でふっ、ふっと猪は鼻息荒く、行ったり来たりしています。

「しっしっ。あっちへ行け。天皇をおどすとは
無礼な。そうじゃ。こんな時こそ歌」

天皇は歌をお詠みになりました。

やすみしし 我が大君の 遊ばしし
猪《しし》の 病み猪《しし》の うたき畏《かしこ》み
我が逃げ登りし 在《あ》り丘《お》の 榛《はり》の木の枝

(わが大君が狩をされている時に
猪が、手負いの猪が上げたうなり声に
恐れて、私が逃げ登った、よく目立つ高い丘に立つ、
ハンノキの枝)

≫つづき【雄略天皇(四) 葛城の一言主神】

解説:左大臣光永
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