八咫烏の導き
剣の力で救われる
さらに南に迂回したカムヤマトイワレビコ一行は、熊野にたどりつきました。すると、大きな熊がちらりと姿をあらわします。一同ぎょっとしますが、熊は一瞬でガサガサっと草むらの中に姿を消しました。
「なんだったんだ…?ん?ぐぬぬ!」
その時、カムヤマトイワレビコはじめ、その率いている軍勢に、いっせいに体にしびれが走り、ばたばたと倒れていきました。毒に当てられ、気を失ったのでした。
一同が気を失って倒れているところに、一人の男があらわれ、腰の太刀を抜き、
「でやあ!!」
太刀を振るいます。すると悪しき神の伊吹はたちまちかき消え、カムヤマトイワレビコはじめ全軍が目覚めました。
「ずいぶん長く寝ていたものだ…
それにしても、よく我々を助けてくれた。
そのほう名を何ともうす」
「はっ。高倉下(たかくらじ)と申します」
「高倉下か。助かったぞ高倉下。礼を言う。
それにしても不思議な剣だ。
いったい、どういう由来の品なのか?」
高倉下が剣の由来を語ります。
「私が夢に見たことに、アマテラスオオミカミ、タカギノカミ二柱の神がタケミカヅチノカミをお召しになって、おっしゃられました。『今、葦原中国は乱れている。わが御子たちは、ひどく苦しめられている。葦原中国といえばタケミカヅチ、お前が言向けた国である。すぐに降って、私の御子たちを助けよ』。するとタケミカヅチノカミさまが答えておっしゃられました。『私自身が降るまでもございません。葦原中国を平定した時に使った剣があります。この剣を降しましょう。高倉下の家の倉の屋根に穴を開けて、その中に剣を降します』。さらに夢の中にタケミカヅチノカミさまが私におっしゃいました。『今剣を降した。さがせ。そして天つ神である御子さまに献上するのじゃ』と。それで、朝起きてから倉を探してみたところ、この剣を見つけたのです。なので、タケミカヅチノカミさまのお言葉にしたがって、献上したのです」
そこへ天から高木大神(タカギノオオカミ)のお声が聞こえてきました。
「天つ神なる御子よ、これより先にすぐに入っていってはならない。
荒ぶる神々がひしめいていて、とても危険だ。今、天から
案内役として八咫烏を遣わそう。この八咫烏が、そなたたちを導いてくれよう。
ただ、その後をついていけばよいのだ」
その時、はるかの天から、
ギャア、ギャア、ギャア
烏が一羽、舞い降りてきました。
「お前が八咫烏かい」
「ギャア、ギャア、いかにも私が八咫烏です」
「道案内を頼めるか」
「ギャア、ギャア、そのために来たんです。
ついてきてください」
一同、力強い味方を得た気持で八咫烏の後についていきました。
名乗りの逸話
一同は八咫烏の後についていくと、吉野川の下流につきました。
そこに、川に罠をしかけて魚を捕っている男がいました。
「お前は誰か」
「私は国つ神で、名は贄持之子(にえもつのこ)と申します」
その地からさらに進んでいくと、尾のはえた男が井戸の中から出てきました。
「お前は誰か」
「私は国つ神で、名は井氷鹿(いひか)と申します」
それから、山に入っていくと、また尾の生えた男が、
岩を押し分けて出てきました。
「お前は誰か」
「私は国つ神で、名は石押分之子(いしおしわくのこ)と申します」
これら名乗りの逸話は、現地の首長が、
次々と降参・服従したことを示しているようです。
その後、カムヤマトイワレビコ一行は道のない山中を踏み分けて、
大和の宇陀へ越えて行きました。