ヤマトタケル(一) 御子を恐れる天皇

オオウス 父を騙す

その昔、景行天皇(オホタラシヒコオシロワケ天皇)は
纏向(まきむく)の日代宮(ひしろのみや)にあって
天下を治められました。

日代宮(ひしろのみや)の場所は正確には不明ですが、
現在の奈良県桜井市といわれています。

景行天皇にはたくさんのお后さまと
80人もの御子がいらっしゃいました。

ある時、天皇は御子の一人オオウスノミコト(大碓命)を
お召しになり、おっしゃいました。

「美濃の国にたいそう
美人の姉妹がいるそうだ。
お前行って、連れてきてくれないか」

「はあ…父上もお好きですねえ」

「ははは。これだけが楽しみだからのう」

(まったく父上にも困ったものだ…)

オオウスノミコトはため息をつきながらも、美濃の国に向かいました。
問題の美人姉妹は大根王(オオネノミコ)の娘で名は兄比売(えひめ)・弟比売(おとひめ)と言いました。

美濃についたオオウスノミコトがオオネノミコの館を訪ねると
大歓迎されます。ずらりとお酒や料理が並びます。

「御子さま、このたびはわが娘たちの噂をお聞きになってとのことで、
まことに、恐縮しごくでござりまして、ええっと…」

「まあまあ、そう固くなるでない。
そこにいるのが娘たちか。顔を上げい」

「はい」
「はい」

父の後ろに座って控えていた姉妹がそろって顔を上げます。

(ほう…)

オオウスノミコトは思わず息をもらしました。
噂にたがわぬ美人姉妹です。

(これほどの美人姉妹を父にくれてやるなど、
勿体無い話だ。それに姉妹にとっても
老人の相手では気の毒だ。よし…
ここは俺が手に入れてしまおう)

こうして、オオウスノミコトは姉妹を自分のものにしてしまい、
別の姉妹を身代わりに立てて、父のもとに送りました。

天皇のもとに召しだされた偽の姉妹は、これからどうなるか
心配でたまりませんでしたが、いっこうにお呼びはかからず、
ただ日数だけが過ぎていきました。

天皇は、姉妹が偽者であることをご存知でした。

わが子オオウスノミコトが姉妹を奪ってしまったことを
ご存知だったのです。

兄殺し

(父上はお気づきらしい。どうしよう…。
今更嘘でしたとも言えないし…)

オオウスノミコトは気まずさのあまり、
朝夕の食事の席にも顔を出さなくなっていきました。

そこで天皇はオオウスノミコトの弟、
オウスノミコト(小碓命)におっしゃいます。

「どうしてお前の兄は朝夕の食事の席に
顔を出さないのか。お前から兄に、よくねんごろに
言っておきなさい」

「わかりました父上。よくねんごろに、
言っておきましょう」

それから五日経っても、オオウスノミコトは
食事の席に顔を出しませんでした。

「どうしてお前の兄は顔を出さないのか。
まだ言っていないのか」

「いいえ父上、すでにねんごろに
申しておきました」

「どのようにだ」

「明け方に兄が厠に入った時に、
掴まえて、掴みつぶして、
手足をもぎとり、コモに包んで
投げ捨てました」

「な、なんだと!おま、おま、おまおま…」

ガクガクと天皇はお震えになります。しかしオウスは
ごくなんでもない様子で、涼しい顔をしていました。

ただし、この兄殺しの話は『古事記』のみで
『日本書紀』には描かれていません。

西へ

「こいつは…危険だ!!」

天皇はオウスの凶暴性を、深く恐れ、
お命じになります。

「西の方に熊襲建(クマソタケル)という兄弟がいる。
朝廷に従わず、秩序を乱す者どもである。
オウスよ、すぐさま西へ向かい、熊襲建を討て」

「ははっ!」

天皇としてはオウスの凶暴性を恐れて
やっかい払いがしたかっただけなのですが、オウスは素直に
俺の武力が認められたのだと張り切って出かけました。

この時、オウスはいまだ髪の毛を額の横でたばねていました。
まだ成人もしていない、16歳です。

出発に際し、オウスは叔母である
ヤマトヒメノミコト(倭比売命)の館を訪ねます。

「叔母上、ちょっと西国へ行ってきます。
みやげは何がいいですか?ははは大丈夫ですよ。
ちょちょっと熊襲を蹴散らして、
ぱぱっと帰ってきますから」

「まあまあ、そんなお前、ちょちょっととかぱぱっととか、
考えが雑すぎます。敵にやられてしまいますよ。
よくよく注意してかからないと。
これを持っておいき」

ヤマトヒメノミコトはオウスに剣と
自分の衣装を授けました。

「立派な剣ですね!」

「いざという時、あなたを助けてくれるでしょう…」

「ありがとうございます叔母上。
では、行ってまいります!」

こうしてオウスは西へ向けて出発します。

≫つづき【ヤマトタケルとクマソタケル】

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