面影橋悲話

目白界隈は、名所・旧跡が多く、
町並みもきれいなので、歩くと楽しいです。

目白駅前の学習院の西門前の坂を高田馬場方面に
降りていくと、やがて新目白通りと交差します。

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JR目白駅
JR目白駅

目白~面影橋
目白~面影橋

交差点のすぐ右にはジョナサンバーミヤンがあります。私は学生時代、
飲み会の後で終電無くなると、よくこのジョナサンバーミヤンで
夜を明かしました。

交差点で左に折れて新目白通り沿いに
早稲田方面に進んでいくと、道の真ん中には都電が走っており、
すぐに見えてくるのが面影橋です。

面影橋。

名前がいいですよね。

私は学習院に入学した当時、面影橋という地名きいただけで
ワクワクしました。

面影橋。ロマンを感じるじゃないですか。
どんな面影が、そこで、待ち受けているのだろうかと!

行ってみてください。ガッカリします(笑)

あまり美しいとも言えない神田川の上に、
なんてことないしょぼい橋がかかっています。

まさに松尾芭蕉が歌枕を訪ねてみちのくへ旅立ち、
しのぶの里、武隈の松など古歌に詠まれた歌枕の地を実際に
訪ねた時、なあんだこんなものかとガッカリした
その実感が、味わえます。

しかし面影橋に残る物語は、
ロマンあふれます。

戦国時代。

和田靭負(ゆきえ)という武士が戦を逃れ、
一人娘戸姫を伴って、この地へやってきました。
於戸姫は輝くばかりの美しさで、
たちまち近所の評判になります。

「於戸姫さんをヨメにください」
「必ず、しあわせにします!」
「お父様!於戸姫さんを」

「うむむ…」

父は考え込んでしまいました。なんとか娘に幸せになってほしい。苦しかった昔の暮らしを思うにつけ、どうしても慎重になってしまうのでした。

求婚者の中でも関某という者が特に熱心でした。しかし父はなかかな首を縦にふりません。何度も断られた関某は、ついにキレます。

「あんなまどろっこしい親父なんか、待ってられるか。
ドカーッとやっちゃおう。お前ら、協力してくれるな」
「兄イ、まかせてくだせえ」

仲間数人と協力して、夜中、於戸姫の家に忍び込みます。

ギシッ、ギシッ、ギシッ、ギシッ…
寝床に忍び寄り、

「それっ!」
「きゃあ!!」

於戸姫をかついで、北へ駆け出します。

(つにいやった!姫は俺のモンだ。姫は俺のモンだ)

池袋界隈は、現在では夜も空が赤々と輝いていますが、
もちろん昔は真っ暗闇の真の闇でした。
その闇にまぎれて、男は女をしょって、走ります。

板橋にさしかかる頃、夜が白々と明けてきます。

「ここまで来ればもう邪魔はいねえ。
おい、於戸姫、大丈夫か。手荒なマネしてすまなかったな。
でもよ、これも俺の愛情の深さゆえっつうかさ」

ところが於戸姫は返事をしません。於戸姫は、ぐったりと目を閉じて、動きませんでした。

「ひっ…死んでいる」
「えっ、死んだ?」
「兄貴、まずいんじゃねえですか」
「おいら知らねえ。後は勝手にやってください」
「あっ、こらお前たち」

手引きをした仲間達は、蜘蛛の子を散らすように逃げてきました。関某も、殺人犯にされては大変と、あわてて逃げ去りました。

結婚

「もし、しっかりしてくだされ、もし」

「ん、んん~」

「ああ、よかったお気づきですか」

「あの…私どうして」

「草の上でぐったりしていておりました。よかった生きてらっしゃって。
今、家まで運びますからね。よっと」

老人は於戸姫を家まで運び、夫婦でやさしく看病してくれました。日に日に於戸姫は元気を取り戻します。その後も老夫婦は於戸姫を実の娘のように大切に育てました。

於戸姫の器量よしの評判が近所に聞こえ、小川左衛門次郎義治という若者から結婚の申し出がきます。今度はかついで逃げ出すような無法者ではありません。やさしく真面目な青年です。於戸姫もこの人ならばとぽっと頬を赤らめ、結婚の運びとなります。

(ああ…ようやく幸せになれる。
この人と二人で、幸せな家庭を築いていきましょう)

愛情いっぱいの新婚生活に胸躍らせる於戸姫。

しかし、ああ、於戸姫の願いは
ザンコクにも砕かれることとなります。

砕かれた幸せ

「なあ、いいじゃねえかよぉ、
俺、あんたのことが、気に入っちゃったよ~」

「やめてください。私には夫がいます。
それ以上近づくと、夫に言いつけますよッ」

ぺちーん!

夫の友人の村山三郎武範という男が、
しつこく於戸姫に言い寄ってきました。

しかし姫の守りは堅く、どうしても手に入れることができません。
しかし村山三郎武範もしつこい男でした。

こばまれても、ひっぱたかれても、
懲りずにやってきます。
そればかりか、日に日に男は強引になっていきました。

「あんないい女を前に、我慢しろってのは、
どだい無理な話だ。ええい、もうどうなったって構うもんか。
何をしたって、手に入れてみせる…」

復讐

その日、応接間にお茶を持ってきた於戸姫は
恐ろしい光景を目にします。

夫が村山三郎武範にふかぶかと刃物をつき立てられて、
すでに息絶えているのでした。

「あ、あああ!!」

村山三郎武範は刃物についた血を手ぬぐいでぬぐうと
にへら、にへら笑いながら近づいてきます。

「へへへ。これで邪魔者はいねえ。
さあ、思いっきり楽しもうぜえ」

於戸姫に飛び掛かる男。ばっと横に逃げた於戸姫は、
迷わず壁にかけてあった長刀をガチャリと手に取ります。

「ちょ、おおっとあぶねえ。そんな物騒なもの、
早くしまっちまえよ」

しかし於戸姫の目は怒りに燃えていました。

「死ね」

ぶん。

「ひいいいっ」

男は後ずさりして、草履もはかずタタタ、タッと面へ駆け出します。その背後から、般若と化した於戸姫がタッタッタと駆け出し、ぶんと長刀を一なぎすると、男は足をなぎ払われ、

「ぐぎゃああ」

どうと倒れた所へ、背中をざんっと刺し貫かれ、
息絶えてしまいました。こうして復讐は終わりました。
すべてが、あっという間の出来事でした。

於戸姫の最期

於戸姫は悲しみにたえず、自ら髪をおろして、あぜ道をとぼとぼと歩きいていきました。いつしか足は生まれ育った神田高田の里に向いていました。

(考えてみれば、こんなことになったのも、
私が少しばかり美しかったせいだわ。
この美しさが憎い。まわりを不幸にしてしまったこの美しさが)

川辺でわが姿を流れに映し、詠みました。

変わりぬる姿見よとや行く水に
          うつす鏡の影に恨し

折しも、空には夕月が上ってきました。

かぎりあれば月は今宵もいでにけり
      きょう見し人の今は亡き世に

「あなた、すぐ、そちらに参ります」

ざぶーーん

於戸姫は神田川に身を投げました。

人々はあわれに思い、この場所に橋をかけ、
「姿見橋」と名づけ、後には「面影橋」とも呼ばれるようになりました。

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本日も左大臣光永がお話しました。
ありがとうございます。ありがとうございました。

解説:左大臣光永
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