飛鳥の亀石
むかしむかし、奈良盆地がまだ巨大な湖だった時代のこと。
湖の西側の当麻地方にはたくさんのヘビが、
湖の東側の川原地方にはたくさんのナマズが暮らしていました。
ヘビとナマズはとても仲が悪かったのです。
「ヘビの奴ら、どうも気に食わねえ。あんな、にょろにょろしやがって」
「ナマズの奴ら、えらそうにヒゲなんか生やしちゃって」
日に日に、ヘビとナマズの対立は深まっていき、ついに武力衝突に至ります。
ブオッホー、ブオッホー、
「かかれーーっ!!」
わぁーー、わぁーー
湖の真ん中で激突する、ヘビ軍とナマズ軍。
戦は三日三晩続き、噛み殺される者、絞め殺される者。双方の死傷者は数万匹におよびました。
結果は、ヘビ軍の勝利です。しかし…
「勝ちはしたが、われわれも多くを失った。それもこれも、ぜんぶナマズ軍のせいだ」
「そうだそうだ!」
「ナマズ軍、許すまじ!」
ヘビたちは口をいっぱいに開け、湖の水を飲み込みます。んぐ、んぐ、んぐ、見る間にヘビの体はマンボウのようにパンパンにふくらみ、ふくらみ切った所でヘビたちは当麻地方に引き上げて、げーっと水を吐き出すのでした。
こんなことを、何千匹というヘビが毎日やったのだから、たまりません。
「やめてください。これでは湖が干上がってしまいます」
「やかましい。ナマズのくせに」
とうとう湖がカラカラに干上がってしまいました。
さて湖にはたくさんのカメが住んでいましたが、かわいそうに、みんな死んでしまいました。ヘビとナマズの戦のとばっちりで、何の罪も無いカメたちが死んだのです。気の毒な話です。
「おうおう…可哀想に…」
村人たちは、死んだ亀たちを供養するために、この地方に「亀石」を作りました。
ところがこの亀石、長い年月の間に、何度か向きが変わっています。
はじめは北を向いていました。
ある日、村人が亀石の前でぱんぱんと手をあわせていました。
すると、
ズガーーン
いきなり、亀石が飛び上がります。
「う、うひいい」
亀石は上空20メートルほどの所で回転しながら目からあやしい光を放ち、むーんむーんと不気味な音を発したかと思うと、くるり東に向きを変え、
ズガーーン!!
ふたたび大地に落ちます。
そして数百年の月日が流れました。
ある日、村人が亀石の前でぱんぱんと手をあわせていました。
すると、
ズガーーン
いきなり亀石が飛び上がります。
「う、うひいい」
亀石は上空20メートルほどの所でゆっくり回転しながら目からあやしい光を放ち、むーんむーんと不気味な音を発し、そして、くるり南西に向きを変え、
ズガーーン!!
ふたたび大地に落ちます。
この時南西に向いたままの姿で、亀石は現在に至ります。
そして近い未来のある日、
親子連れの観光客が、亀石の前でパチッと記念写真を撮っていると、
ズガーーン
いきなり亀石が飛び上がります。
「う、うひいい」
亀石は上空20メートルほどの所でゆっくり回転しながら目からあやしい光を放ち、むーんむーんと不気味な音を発し、そして、くるり西に向きを変え、
ズガーーン!!
ふたたび大地に落ちます。その時、
ゴゴゴゴ…ゴゴゴゴ…
不気味な地響きが起こり、西の空に黒雲が立ち込めます。
それが、恐ろしいことの始まりでした。
(亀石が西を向き、当麻地方をにらみつけた時、奈良盆地は泥の海と化すと伝えられています)