牛若丸(一) 常盤御前

スポンサーリンク

今から八百年ほど昔のこと。

そのころ、全国のさむらいたちは源氏と平家、二つの勢力に分かれ、各地で争っておりました。

源義朝という方は、源氏の総大将で、とても力のある武士でした。京の都に大きな館を構えて、住んでおりました。

この頃身分のある方はたくさんの妻を持っていたものです。義朝には正妻の由良御前のほかにも常盤御前というたいへん美しい側室の女性がいました。

さて義朝と常盤の間には すでに今若、乙若という二人の子供がありましたが、その年、あらたに三人目の子供をさずかります。

これが後の源九郎義経、幼名牛若丸です。

目鼻立ちのキリッとした、かしこそうな子で、義朝も常盤も、館で働く侍女たちも、

「この子は将来立派なお侍になるに違いない」

と、たいへん期待をかけていました。

ところが、その幸せも長くは続きません。源義朝は、平家との戦いに敗れ、殺されてしまうのです。

スポンサーリンク

遺された常盤は、三人の子供を連れて命からがら逃げていきます。末っ子の牛若はまだ二歳。途中お乳を飲ませたりしながら、大和国にいる知り合いを頼って逃げていきます。

途中、吹雪になり、あたりはすっかり雪景色。悲惨です。それでも母は子供たちのため、ここで死んでなるものかと、歯を食いしばるのでした。

ところが頼みにしていた知り合いは、固く門を閉じたまま家に入れてくれません。

常盤をかばうことは、当時権力を持っていた平家の大将、清盛にたてつくことでした。

清盛という方は、大変恐れられていました。ヘタをすると自分が死刑になるかもしれません。だから誰も、常盤を助けないのです。

困り果てた常盤は、たいとうじ(大東寺)というお寺に保護を求めます。この頃のお寺は、困っている人をわけを聞かず泊めてやる習慣がありました。

一方、常盤の母関屋(せきや)は、平家の侍に捕らえられ、清盛の屋敷に引っ立てられていました。

白砂を敷き詰めた庭に、後ろに回した手を縄できつく縛られ、左右から平家の侍が睨みをきかせ、じべたにしゃがまされた関屋を、清盛が縁側から睨み付けます。

「白状せい!常盤は、どこに隠れておる!」

「さあ、私はなーんも存じません。」

ドコォォォォォッ!!

鈍い音とともに関屋の小さな背中にめりこむこん棒。続けて二発、三発、情け容赦ない責め。

常盤は、母がひどい目にあっていることを噂に聞き、いてもたってもいられなくなります。

とうとう三人の子供を連れて、清盛の館に名乗り出ます。

「清盛さま、私はどうなってもかまいません。子供たちと、母の命をお助けください」

ところが清盛は、目の前でさめざめと泣く常盤を見て、

「なんと美しい女子じゃ…」

すっかり心を奪われました。話の内容より何より、早く、この女を手に入れたい。その、一心です。

結局、三人の息子たちは寺に入れて坊主にすること、常盤は清盛の傍に仕えることで話がつきました。

夫のカタキである平家の、しかもその大将である清盛に仕えるのです。常盤の屈辱は大変なものでした。しかし母と子供たちを助けるため、涙を呑んで承知したのでした。

≫つづき「牛若丸(二) 鞍馬入り」はこちら
解説:左大臣光永

音声つきメールマガジン「左大臣の古典・歴史の名場面」のご案内

現在18000人以上が購読中。

メールアドレスを入力すると、日本の歴史・古典について、楽しくわかりやすい解説音声を無料で定期的に受け取ることができます。毎回10分程度の短い解説で、時間を取りません。楽しんで聴いているうちに、日本の歴史・古典について、広く、立体的な知識が身につきます。スマートフォン・Androidでもお聴きになれます。不要な場合はいつでも購読解除できます。

いつも使っているメールアドレスを入力して、 「無料メルマガを受け取る」ボタンをクリックしてください。次回からお使いのメールアドレスにメルマガが届きます。

≫詳しくはこちら


スポンサーリンク