鶴の恩返し

むかしむかしあるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。

ある雪の舞い散る日、おじいさんが山へ芝刈りに行った帰りに沼のそばを通りますと、一羽のツルが罠にかかって苦しんでいました。

「おお、おお、可愛そうに」

おじいさんはすぐに鶴の罠をはずしてあげます。自由になったツルは嬉しそうに羽を広げて飛び立ちます。カーウカーウと声も弾んでいました。

家に戻ってからおじいさんはおばあさんに鶴を逃がしてやったことを話します。

「まあまあ、それはよいことをしましたね」

おばあさんもニッコリです。そこへ、トトトン。扉を叩く音がします。こんな夜更けに誰でしょうか。しかも外は雪です。

不思議に思いながらもおじいさんが「はいはい、どなたですかな?」と 扉を開けますと、そこには真っ白な着物を着たかわいい娘さんが立っていました。

「夜分すみません。都まで商いに向かう途中、大雪に降られて困ってます。どうか一晩泊めていただけませんか」

「それはお困りじゃろう。さあさ、中へ中へ」

おじいさんは娘を家に上げ、温かいお粥を出してあげます。話を聞いていると、娘は身寄りが一切なく一人ぼっちだということでした。

「それはかわいそうに。あんたさえ良ければしばらく家におってくれたらええ。この雪はもうしばらくはやまんじゃろうし。なあばあさんや」

「ほんと、そうしてもらえると私たちも年寄りだけの淋しい暮らしじゃから若い人がおってくれるんは明るくなってええんですよ」

こうして娘はおじいさんおばあさんと暮らすことになりました。娘は家においてくれるお礼にと、まめまめしく働きます。おじいさんの山仕事やおばあさんの洗濯を手伝います。掃除も丁寧で、うすよごれていた部屋がピカピカになりました。

ある時娘は布を織りたいので糸を買ってきてくれとおじいさんに頼みます。自分は織物が得意だから、少しでも家計の手助けがしたいというのです。

おじいさんが糸を買ってくると、娘は機織の周りに屏風を立てて、

「織りあがるまでけして覗かないでください」

と言って織り始めます。

ぎーこっとん、ぎーこっとん

屏風の向こうで機織の音が響きます。夜になってようやく娘は出てきました。

「これを町に持っていって売ってください」

それは見事なできばえでした。手触りはフワリと柔らかく、飛び立つツルの絵が刺繍されています。おじいさんおばあさんはびっくりしました。

おじいさんが町へ売りに行くと高い値段で売れました。そのお金で味噌や米を買って、久しぶりにごうかな夕食をとることができました。

「白米なんて何年ぶりじゃろう。ありがたいことじゃ」

と、三人で楽しく飲み食いしたあと、もう寝ようというころになって、娘は言います。

「私は夜なべして布を降ります。お二人は休んでください」

「なにを言うとるか、だいぶ頑張って疲れたじゃろう。今夜はゆっくりやすみなさい」

「若いですから一晩くらい夜なべしたって平気です」

おじいさんおばあさんが止めるのですが、娘はとりあわず、明け方まで

ぎーこっとん、ぎーこっとん

機織りをしていました。

そして翌朝また見事な布が織りあがっていました。
おじいさんはそれを町に持っていって売る、
お米や味噌を買う

また、娘は夜なべして機を織る、
翌朝見事な布が折りあがる、
おじいさんが売る、
お米や味噌を買う

こんなことが一週間ばかり続きました。さすがに娘も疲れている様子です。

「今夜は絶対寝なさい。ムリがたたって病気になったらどうするんじゃ。今夜は、機織はナシ。ゆっくり休むんじゃ。わかったね?」

「でも…せめてもう一枚」

「だめだめ!約束しておくれ。今夜は休むって」

娘はしぶしぶ承知しましたが、「最後にもう一枚…急がないと」とぶつぶつ言っていました。

夜更け、おじいさんが目をさますと、

ぎーこっとん、ぎーこっとん

機織の音がしています。その音はだいぶくたびれています。

「またやっとるのか。まったく…どこまで自分を追い詰める気じゃ」

隣で寝ていたおばあさんも起きだします。

「おじいさん、だいぶ機の音がくたびれてますね」
「心配じゃ、ちょっと様子を見てこよう」
「え、でも、覗いたらいけない約束じゃなかったですか?」
「そんなことも言っとられんじゃろう」

そうしておじいさんは屏風に近づき、

「まだ起きとるのかい」

…と声をかけようとしましたが、その時屏風のスキマからちらと中の様子が見えまして、

ハッ!?

おじいさんは一瞬目を疑います。

それからまたそーーっと中を覗きますと、

ぎーこっとん、ぎーこっとん

そこに娘の姿はなく、一羽の鶴が機を織っているのでした。鶴は自分の羽毛を抜いて、布に織りこんでいました。道理でキレイな布が織れるはずです。

おじいさんがボーゼンと屏風の前に立ち尽くしていると、娘がスゥーと出てきまして、

「見てしまったんですね」

「えっ?」

「私はあの時助けてもらった鶴です。でも、正体を知られたからにはもうここにいられません。いつまでも一緒に暮らしたかったのに…」

そう言って娘はおじいさんおばあさんにお別れの挨拶をします。

「すまん!のぞくつもりはなかったんじゃ。なんとかこのままいてくれんじゃろうか?」

「ほんとの娘みたいに思っとったんよ」

「おじいさん、おばあさん、ありがとう…。ここで過ごした楽しい思い出はけして忘れません」

見る見る娘は鶴の姿になりまして、カーウカーウと哀しそうに鳴いて、冬の空へ飛び立っていきました。

おじいさんおばあさんはその姿をいつまでも見つめていました。

解説:左大臣光永
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