オオアナムヂの災難

「私はあなた方とは結婚しません。
オオアナムヂと結婚します」

「げえっ!!」

オオアナムヂの八十人の兄たちはようやくヤカミヒメの宮殿にたどりつきました。
そこで優しい言葉でもかけてもらえるかと期待しましたが、
ヤカミヒメから返ってきたのは、思いもかけない言葉でした。

ヤカミヒメの拒絶

「あなた方の目は腐っています。それは心が腐っているからです!
それに比べてオオアナムジは素直でいい心を持っています。
私はオオアナムジと結婚します」

ヤカミヒメは兄弟が口を開くスキも与えず、
次から次にひどい言葉をあびせかけます。さすがに兄弟たちも凹んできます。
なにか、本当に俺たちはクズなんじゃなかろうかと心配になってきます。

「待て。姫のペースに乗せられてはいけない」
「あんなトロイやつの何がいいってんだ」
「俺なんか、字がうまいんだぞ」
「俺なんか、腕相撲ならだれにも負けないぞ」
「そうだとも。俺たちは、それぞれ取り柄がある。
それにひきかえあのオオアナムジは何だ!
俺たちの荷物を運ぶくらいしか能が無いくせしやがって。
えーいくそいまいましい殺してしまえ!!」

赤い猪

兄弟たちは伯耆国手間山のふもとでオオアナムジを待ち構え、そして言います。

「やい弟!この山には赤い猪がいる。今からそれを捕まえるんだ。
俺たちが山の上から追い立てるから、飛び出してきたらお前が捕まえるんだぞ。
いいな。しくじったら殺しちゃうんだからな」

はいはいわかりました。
そんな耳元でギャアギャア言わなくてもいいのにとウンザリしながら、
オオアナムヂは山のふもとで待機します。

山の上では兄弟たちが
「準備はいいか?」「抜かりはないな」

大きな石を火でカッカと燃やして、
いっせーのせで山から転げ落とします!

ふもとで待っていたオオアナムヂ。
ドザザザザーーと聞こえてきたので、

「ん?きたな。いよいよか」

待ち構えます。そこへ!

ゴロゴロゴローー

燃え盛る石が突進してきて、

ベターーン

オオアナムヂに激突、

「ぎゃあああああ!!」

その熱で、オオアナムヂは焼き殺されてしまいしました。

オオアナムヂの死体は熱で石にへばりつき、
じゅうじゅうと煙を立てていました。
兄弟たちはその死体を見て、キャッキャと手を叩いて大喜びし、
殺した、殺したオオアナムヂをこーろしたと
国中にふれてまわります。

貝の力で蘇生

こうしてオオアナムヂの母サシクニワカヒメも息子の死を知ることとなりました。
見るも無残な息子の死体を目の前に母は泣き崩れます。

「なんてひどい兄弟たちかしら!」

しかし何しろ八十人もいて悪の大軍団なので、
うかつに逆らったら一族皆殺しにされるかもしれないです。

泣く泣く母は高天原にのぼり、天地開闢のとき
最初にあらわれ出た生命をつかさどる神、
カミムスヒノカミに頼みます。

「どうか、息子を生き返らせてください!」

「まあまあ、なんてヒドイ兄弟たちでしょう。
お前の息子はまだ寿命が尽きてはいません。きっと
生き返るでしょう」

カミムスヒノカミは赤貝の神であるキサガイヒメ
と蛤の神であるウムガイ姫の姉妹を地上につかわします。
まずキサガイヒメが赤貝の殻を削って粉を作り、
ウムガイヒメがそれを蛤の貝殻ですくいとって、
自分が出したお乳とまぜて、練り薬を作ります。

その練薬を傷口にすりこむと、
死んだオオアナムヂはすくっと起き上って、傷もキレイに治り、
元気よく歩き始めました。

木の幹にはさまれる

びっくりしたのは兄弟たちです。

「殺したはずの弟が生き返ったぞ!」
「どういうことだ。なんか術でも使ったのか?」
「なんでもいい。生き返ったならまた殺すだけの話だ」

今度は山の中に誘い込んで、罠にはめようとします。

「弟よ、この間は悪かった」
「仲直りのしるしに、一緒に木を切りにいこうよ」

オオアナムヂは心優しく、人を疑うことがなかったので、
そうか兄さんたちも心を入れ替えてマトモなってくれたかと
ひたすら嬉しく、着いていきました。

山奥で、木を切り倒そうということになります。
ガシーン、ガシーンと大木に斧を入れ、
メキメキ、ズシーンと大木は倒れます。

倒れた大木の切り口から、今度は縦方向に斧を入れます。
ガシン、ガシンと斧がすすむたびに、幹は左右に広がって
分かれます。

そして広がった幹の間に楔を打ち込んで固定し、
斧を引き抜きます。

「おい弟よ、その幹の間に入ってみろ」

「えっ…?危ないんじゃないの」

「安心しろ。しっかり楔で固定してあるから。
古い大木の幹の間には、すばらしい力がみなぎってるんだ。
お前も森の神の力とかで、力持ちになれるかもしれんぞ」

オオアナムヂはそう言われて、本当に力持ちになれるかしらと
幹と幹の間に入ります。

人間一人がすっぽり入る、深々とした空間には、
むせるような木のニオイが満ちていました。

幹にはさまれたオオアナムヂ

「いいなあ。なんか落ち着くなあ」

「それっ、今だ!」
カーーン!!

兄弟たちは幹に打ち込んでいた楔を、斧ではじき出します。
左右に広がっていた幹はすごい弾力でもとにもどり、
グジャァアアと、間にはさまれていたオオアナムヂは
押しつぶされてしまいました。

木の割れ目からオオアナムヂの血と肉がだらだら流れ落ちているのを
確認すると、兄弟たちはキャッキャと手を叩いて大喜びし、
殺した、殺したオオアナムヂをこーろしたと
国中にふれてまわります。

根の堅州国へ

母サシクニワカヒメは泣く泣く息子がはさまれている木のところまで行き、
木を引き裂いて息子オオアナムヂを救いだします。

そして必死に息を吹き込んで生き返らせます。

「あれっ?無事だったのか?」
生き返ったオオアナムヂは案外ノンビリした感じでした。

「無事だったのか、ではありません!!」

バシーーン!

母はオオアナムヂをひっぱたきます。

「お前は、どこまでお人よしなのか!
兄弟たちはお前を本気で殺そうとしているのですよ。
ここにいたらすぐにまた殺されてしまいます。逃げなさい」

母はこう言って紀の国のオオヤビコノカミのもとへ
息子オオアナムヂを逃がします。
しかしそこへも兄弟たちはしつこく追ってきました。

「オオアナムヂを差し出せ!」
「かくすとためにならんぞ!」

ひょうひょうひょう!
ドスッ、ドスッ!(舘に矢がつきささる音)

もはや兄弟たちはオオアナムヂをだまし討ちにしようなんて余裕もなく、
なりふり構わず矢を射かけてきます。

「申し訳ありませんオオヤビコ殿、やっかいなことを持ち込んでしまって…」
「そんなことはよいのですが…。私の力ではあなたを守りきれないようです。
この上は、根の国にいるあなたの六代前の先祖、
スサノオノミコトをお訪ねなさい。きっとよい知恵をかしてくれるはずです」

「スサノオノミコト…ヤマタノオロチを退治したという英雄ですか!
たしかに、あの人なら頼りになりそうですね!」

こうしてオオアナムヂは紀の国をのがれ、スサノオノミコトをたずねて
根の堅州国へ向かいました。

≫つづき【オオアナムヂとスサノオ】

解説:左大臣光永
■【古典・歴史】YOUTUBEチャンネル