ヌナカワヒメへの求婚

さて兄弟たちを攻め滅ぼし地上の支配者となったオオクニヌシノミコトには、
八千矛神(ヤチホコノカミ)という別名がありました。

八千の矛とは字を見るだけで強そうですが、
この名は戦の神としての性質をあらわすとともに、
男性としての生命力の強さをもあらわしています。

国造りや戦と同じく女性を求めることにおいても、
オオクニヌシノミコトは人並みはずれたものがありました。

ある時オオクニヌシノミコトは高志(越)の国に沼河比売(ヌナカワヒメ)という
かしこく美しい女性がいるという噂をききつけます。

「ぜひ嫁にしたいなァ」

そう思ったオオクニヌシノミコトは、
たくさんの家来を引き連れて越の国を訪ねます。
(正妻のスセリヒメがいるのにです)

しかしオオクニヌシノミコトが何度ヌナカワヒメの舘を訪ねても、
ヌナカワヒメは門を開いてくれません。

「なかなか簡単にはいかないな。
けしていい加減な気持ちでは無いのだが…。
そうだ。わが想いを歌で伝えてはみてはどうだろう」

オオクニヌシノミコトが歌ったのは、だいたいこんな内容でした。

「ヤチホコノカミと呼ばれる私は広い日本に一人の妻も得ることができず
さびしさに任せてはるばる越の国まで訪ねてきました。
この地に賢い美しい女性がいると聞いて、足しげく通い、求婚してきました。

太刀の緒も解かないまま、はおった上着も脱がないまま、乙女の寝ている
舘の板戸をひたすらゆすぶって私は立っていました。

すると緑深い山ではぬえが鳴き雉が鳴き鶏が鳴き、朝となりました。
いまいましくも鳴く鳥です。
いっそわが使いに命じてこれらの鳥を打ち殺してしまいたい」

すると、舘の中からヌナカワヒメがやはり歌で答えます。
ヌナカワヒメの歌は、だいたいこんな内容でした。

「ヤチホコノカミと呼ばれるあなた、
私はか弱い女ですから入り江にいる水鳥のように
お互いに想いあえる殿方を強く求めております。

今でこそ私はこのようにあなたを無下に扱っていますけど、
後にはあなたになびくこともあるでしょう。
だからお使いの方、その鳥を打ち殺したりなさらないで。

緑深い山の陰に日が隠れて、真暗な夜になってから
会いにいらしてください。その時あなたは朝日のような笑みを満面にたたえ
真白き私の腕を抱いて、若々しい胸を抱いてぎゅっと抱きしめて
私の玉のように美しい腕で腕枕をして、のびのびと足をのばして
おくつろぎになってください。

だから、どうか今夜は、そんなむやみに
恋心を燃やしてくださいますな。ヤチホコノカミとよばれるあなた」

ヌナカワヒメの歌を受けて、オオクニヌシノミコトはその夜は我慢して
次の夜にヌナカワヒメを訪ねていき、ご結婚なさいました。

≫つづき【オオクニヌシの国作り】

解説:左大臣光永
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