根の国からの脱出

「ああオオアナムヂさま!オオアナムヂさま!」

スセリビメはわが夫オオアナムヂが死んだと思い込み、
泣きわめきます。

スサノオは火を放った張本人でしたが、
わが娘があまりに嘆き悲しんでいるので
さすがに心が痛くなってきました。

(さすがにやりすぎたかのう…)

生きていたオオアナムヂ

しかし、野に出てみるとオオアナムヂがまるで変わらない
元気な姿で立っています。

「オオアナムヂさま!」
「なんと!」

オオアナムヂは笑顔で言います。

「スサノオさま、お約束の矢です。羽がネズミにかじられちゃいましたけど、
ご確認ください」

オオアナムヂはうやうやしくスサノオに矢を差し出します。

(ぐぬぬ…やりおる。この若者になら、
娘を任せられるかもしれぬ…いや、待て!そう簡単に俺は納得しないぞ)

シラミ取りの試練

「来い!」

スサノオはぐいっとオオアナムヂの手をひっぱっていって、
自分がふだん使っている岩屋の中へ通し、オオアナムヂに命じます。

「すまんが、俺の頭にはずいぶんシラミがいるんだ。
お前取ってくれ」

「ええっ…シラミですか」

オオアナムヂは一瞬引きますが、これもスサノオノの試練だなと思い、
引き受けます。

ゴロリと寝転がるスサノオ。
その、壁のように大きな背中から、オオアナムヂは近づき、
スサノオの頭を覗きこみます。

「うわっ!!」

スサノオの頭には無数の生き物がカサコソ動き回っています。
それはシラミなんて生易しいものではなく、
ムカデでした。何十匹というムカデが、髪の毛にからまりからまり、
走り回っているのでした。

「どうしたー早く取ってくれないのか?」

スサノオは涼しい顔でそんなこと言っています。
オオアナムヂが立ちすくんでいると、
ちょんちょんと肩をたたく者がありました。

振り返るとスセリビメが口の前に指を立てて「しっ!」の形にして、
椋の木の実と赤土を差し出します。

オオアナムヂはそれを受け取ってしばらく考えていましたが、
ピーンときました。

オオアナムヂは椋の木の実をがりりと噛み砕いて、
赤土を少し口に含んでぺっと吐き捨てます。

(ほう、ムカデを噛み砕いているのか)

あたりを見ると、オオアナムヂが吐き出した赤土がそこらに落ちています。
スサノオはそれをムカデを噛み砕いた跡だと思いました。

(ふふふ…感心なやつじゃ)

いつしかスサノオは気持ちよくなってきて眠りに落ちていました。

(すっかりお休みのようだ。よし。これ以上付き合ってたら、
さすがに殺されちゃうからな…)

オオアナムヂは眠っているスサノオの髪の毛をいくつかの束に分け、
岩屋の柱にくくりつけます。そして大きな岩石で岩屋の入り口をふさぎ、

根の国脱出

「スセリ!逃げるぞ!」
「えっ?」

がばっとスセリヒメを担ぎ上げ、スサノオの宝である生太刀(いくたち)と
生弓矢(いくゆみや)、そして天の沼琴(あめのぬごと)を持って
逃げ出そうとしたその時、

びょろろーーん

天の沼琴を木にひっかけてしまい、ものすごい音とともに大地がふるえます。

「ぬっ!?」

その音でスサノオは目をさまします。

「あっ!おっ!まんまと逃げおったな!」

スサノオはあわてて追いかけようとしますが、髪の毛がいくつかに束ねられ、
岩屋の柱にくくりつけられていました。

「はははっ!これはやられた。あの若造、やりおる」

ぐーっと力を入れてひっぱるとズガガガーンとすごい音を立てて
岩屋は崩れます。しかしスサノオが髪の毛をほどく間に
オオアナムヂとスセリはずいぶん距離をかせぎ、遠くまで逃げていました。

ようやく髪の毛をほどいたスサノオは二人を追いかけながら、
笑いがこみ上げてくるのを抑えきれませんでした。

(ふふふ。こういう男があらわれるのを、俺は待っていたのかもしれん)

根の国と葦原の中つ国をへだてる黄泉平坂まで来ると、
はるかかなたに逃げていく二人の姿が見えます。

スサノオは大声でオオアナムヂに言います。

「おーい若造、お前の持っているその生太刀・生弓矢は
強力な武器だ。どちらもお前にくれてやるから、兄たちを打倒せ!
坂の裾ごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追ッ払え!
そしてお前は大国主神(オオクニヌシノカミ)と名乗り、
また宇都志国玉神(ウツシクニタマノカミ)と名乗り地上を支配するがよい。
わが娘スセリヒメはお前に妻としてくれてやる。
そしてお前たちはウカの山のふもとに宮殿を建てて住むがよい。こいつめーッ」

オオアナムヂは妻スセリビメと手を取り合い、
はるか彼方のスサノオにふかぶかと頭を下げました。

地上にもどったオオオアナムヂはスサノオとの約束どおり、
生太刀と生弓矢をもって腹違いの兄たちを
坂の裾ごとに追い伏せ、川の瀬ごとに追ッ払い、国造りをはじめられました。

因幡の白兎の話に登場したヤカミヒメは
立派になって帰ってきたオオアナムヂと結婚しようと訪ねてきました。
しかしすでにオオアナムヂには正妻のスセリビメがいました。
しかもスセリビメはとても嫉妬深いということだったので
ヤカミヒメは恐れをなして生まれた子を木の股に挟んで因幡に帰っていきました。

そのため、その子を木俣神(キノマタノカミ)と名付けました。

≫つづき【ヌナカワヒメへの求婚】

解説:左大臣光永
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