トヨタマビメの出産

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「あなた、喜んでください。
私たちの子が生まれるんですよ」

海の神の娘、トヨタマビメは夫ホオリノミコトが
地上に戻ってからというもの、寂しく暮らしていましたが、
子供を身ごもったので夫を訪ねて地上へやってきました。

「おお…嬉しいなあ。
俺たちの子かあ。やっぱり地上で生んだほうがいいのか?」

「はい。神の御子ですから海原で生むより
地上で生んだほうがいいですわ」

「そうかそうか、地上の食物はうまいぞ。
うんと食べて丈夫な子を産んでくれよ」

安心してお産ができるように、海辺の渚に産室を建てることにしました。
黒い鵜の羽で屋根を葺きます。鵜は魚を呑んだり吐いたりするので
安産の効果があると考えられていたのです。

ところが産屋の屋根にまだ
鵜の羽を葺き終わらない時に、トヨタマビメは産気づきます。

「う…ううう…」

「おい、大丈夫か!いよいよなんだな!」

ホオリノミコトはトヨタマビメを産室の中に運びます
。そして、まさに産もうという時、トヨタマビメが言いました。

「すべて異国から来た者は、
子供を産むときにはもとの姿にもどって産むものです。
だから私も、もとの姿に戻って産みます。
あなた、けして覗かないでください」

「もとの姿って、お前…」

「けして覗かないで!!」

「わ、わかった!」

トヨタマビメの強い言葉に、
ホオリノミコトは思わず返事をします。
そして産室の外に出て、待ってました。

「うう…うううう…」

産室の中からは絶えずうめき声が聞こえてきます。

(大丈夫かなあ。死んじゃったりしないよな…。
ああ神様…)

思わずこぶしを握り締め、汗がじとっとにじんでいました。

「う、うううううっ!!」

いよいよ生まれるという感じの強烈な声に、
ホオリノミコトはもう、いたたまれなくなりました。

「おい、お前…」

思わず産室の中を覗き込みます。

「えっ…げえっ!!」

そこには、大人が両手を広げたくらいの大きさの、
鮫が腹ばいになって、びちびちと、身もだえして、いました。

「ぎゃ、ぎゃあああ!!」

ホオリノミコトは一目散に逃げ出しました。
愛する妻の正体が、まさか鮫だったなんて!!

産室に残されたトヨタマビメは無事に出産をすませましたが、
夫に正体を見られたことをたいへん恥ずかしく思いました。

「ああ恥ずかしい。正体を見られてしまうなんて!
海の通い路を通って、これからもちょくちょくお会いしようと
思っていたのに…もう、ダメになってしまいました」

こうしてトヨタマビメは海の通い路をふさいで
海の底の国に帰ってしまいました。

生まれた子を名づけて鵜萱草葺不合命
(ウガヤフキアエズノミコト)といいます。

鵜の羽で屋根を葺いた産室の屋根が葺き終わらないうちに
生まれた子供、という意味です。

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トヨタマビメは海の底の国にもどってからも、
やはり夫と子のことが恋しくてたまりませんでした。

「約束を破るなんてひどい人…
そうでなければずっと一緒にいられたのに。
今ごろどうしているかしら。
ちゃんとご飯は食べているかしら。会いたい…。
だめだめ、私はあんな恥を受けてしまったんだもの。
ああ…そうはいっても…でも…」

「姉さん、私が行ってきます」

「え?」

「子供の世話をしてきますわ」

「えっ!あなた、行ってくれるの!」

「そんな一日中イジイジイジイジされてたら、
鬱陶しくて、やってられないもの」

「……」

こうして妹のタマヨリビメは、姉にかわって
乳母として子供を育てるという使命を帯びて、
地上に上ってきました。その時に姉から
歌を託されていました。

赤玉は緒さへ光れど白玉の
君が装(よそい)し貴くありけり

(赤玉は、それを貫く緒までも光りますが、白玉のような貴方のお姿は
それ以上に尊いものです)

タマヨリビメは姉から託された歌を
姉の夫ホオリノミコトの前で読んできかせました。

ホオリノミコトは感激し、歌で返します。

沖つ鳥鴨著(ど)く島に我が率寝(ゐね)し
妹(いも)は忘れじ世の悉に

(鴨の寄り付く沖の島のような海の国で、
添い寝した妻のことを私は一生忘れない)

ホオリノミコト正式にはヒコホホデミノミコトは
高千穂の峰に五百八十年の間いらっしゃっいました。

その御陵は高千穂の峰の西にあります。

このウガヤフキアエズが叔母であり育て親であるタマヨリビメと結婚して生んだ御子の名は、五瀬命(イツセノミコト)、次に稲氷命(イナヒノミコト)、次に御毛沼命(ミケヌノミコト)、次に若御毛沼命(ワカミケヌノミコト)またの名を豊御毛沼命(トヨミケヌノミコト)、またの名は、神倭伊波礼毘古命(カムヤマイワレビコノミコト)という四柱(よはしら)の神々です。

このうち御毛沼命は海を渡って常世の国におわたりになり、稲氷命は、亡き母(タマヨリビメ)の世界である海原の国におわたりになりました。

≫つづき【カムヤマトイワレビコの東征】

解説:左大臣光永

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