崇神天皇(二)タケハニヤスの反乱

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諸国の平定

またこの天皇の御世に、天皇の叔父にあたる大毘古命(おおびこのみこと)を将軍として北陸地方に遣わしました。

大毘古命の息子・建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)は東の方角の十二の国々に遣わして、そこに住む従がわない者たちを平定しました。

また、日子坐王(ひこいますのみこ)を旦波国(たにはのくに。後の丹波国・丹後国)に遣わして、その地を支配していた玖賀耳之御笠(くがみみのみかさ)を殺させました。

少女の予言

さて、大毘古命が北陸に下って行った時に、腰に裳をつけ少女が、山城の幣羅坂(へらさか。現京都不相良そうらく郡木津町の坂)に立って、歌って言うことに、

御真木入日子(みまきいりびこ)はや 御真木入日子はや 己(おの)が緒を 盗み殺(し)せむと 後(しり)つ戸よ い行(ゆ)き違(たが)い 前つ戸よ い行き違ひ 窺(うかが)はく 知らにと 御真木入日子はや

御真木入日子(みまきいりびこ)よ、御真木入日子よ、お前の命を盗み取ってしまおうというものが、裏口からも表からも行き違いして、うかがっているのに、お前はそれを知らないで。御真木入日子よ。

「御真木入日子」は崇神天皇の御名です。

(ううむ…物騒の歌だ。いったいどんな意味なのか)

不思議に思って尋ねると、少女は答えました。

「私は何も言っていません。ただ歌を歌っただけですわ。では失礼」

「あっ、待て」

しかし、捕まえることはできず、女は行ってしまいました。

そこで大毘古命はふたたび都に引き返して天皇にこのことを申し上げました。すると天皇は、

「それは、私の腹違いの兄、建波邇安王(たけはにやすのみこ)が悪い心を起こしたしるしだろう。すぐに軍勢を整えて、出発せよ」

天皇はそうおっしゃって、丸邇臣(わにのおみ)の祖先である日子国夫玖命(ひこくにぶくのみこと)を副将軍としてつけてやります。

大毘古命は出発する前に、大和の丸邇坂(わにさか)に神事に使う瓶(かめ)をすえて、遠征の成功を願い、出発しました。

タケハニヤスの反乱

大毘古命(おおびこのみこと)の軍勢が山代(やましろ)の和訶羅河、現在の木津川に至った時、敵である建波邇安王(たけはにやすのみこ)が軍勢を整えて立ちふさがります。

おのおの、中に河を隔てて、うぬぬ負けん。こしゃくなとにらみ合い、いどみあいました。それで、この地を伊杼美(いどみ)といいます(実際には伊豆美いずみ。京都府相楽郡木津町)。

大毘古命(おおびこのみこと)の副将軍日子国夫玖命(ひこくにぶくのみこと)は、対岸に布陣する建波邇安王(たけはにやすのみこ)に言います。

「矢合わせである。まず、そちらから放つがよい」

「ぐぬぬ。余裕のあらわれというわけか。よかろう。くらえ」

ひょーーーと放った矢はしかしかすりもせず、空しく草むらの中に落ちました。

「次はこちらの番だ」

ひょーーーと放った日子国夫玖命(ひこくにぶくのみこと)の矢は、ふつーーーっと敵の大将建波邇安王(たけはにやすのみこ)の心の臓をつらぬきます。

「ぐぶう」ばった。
「ああっ、タケハニヤスさま!!」

タケハニヤスはあっけなく息絶えました。

「大将がやられた。もう勝ち目はない。逃げろ、逃げろーー!」
「逃がすか!!」

逃げる大将建波邇安王(たけはにやすのみこ)軍。
追いかける大毘古命(おおびこのみこと)軍。

久須婆(くすば)の渡に至った時、建波邇安王(たけはにやすのみこ)軍は
攻め苦しめられて、思わずクソが出て、袴にかかりました。

それで、その地を名付けて屎袴(くそばかま)と言います。

また、その逃げる軍勢をさえぎって斬ると、兵士の死体が鵜のように河に浮かびました。

それで、その地を名付けて鵜川と言います。また、その軍勢を斬ってほふりました。それで、その地を名付けて波布理曾能(はふりその)と言います。

このように大毘古命(おおびこのみこと)は平定し終わって、都に戻り天皇に報告申し上げました。

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天下安らぐ

その後、大毘古命(おおびこのみこと)は最初の命令どおり北陸へ下ります。そして、東の国へ下っていた建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)とその父大毘古は、会津で合流しました。

「父上、よくご無事で」
「息子よ、お前もよく」

それで、この地を会津と言います。

こうして、それぞれ遣わされた地を平定し、都に戻って来て天皇に報告申し上げました。天下は大いに安らぎ、人民は富み栄えました。この時代、はじめて男の狩の獲物と、女の織った織物とを税としてたてまつらせました。

そこで、この天皇の御世をたたえて、初めてできた国をしろしめす御真木天皇(みまきのすめらみこと)と言うのでした。

この天皇は御歳168歳。陵は山辺道(やののへのみち)の勾之岡(まがりのおか。奈良県天理市柳本町にあったとされる岡)の上にあります。

≫つづき【垂仁天皇(一)サホビメの悲恋】

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