『源氏物語』の誕生

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「はあ…やっぱり無理だわ…」

藤式部…後の紫式部は硯と紙を前に考えこんでいました。
しかし、うんうんとうなるばかりで、文章は一行も書けません。


石山寺「源氏の間」の紫式部像

式部は一条天皇のお后上東門院彰子(しょうし)に
お仕えしていました。

ある時村上天皇の皇女選子(せんし)内親王から、
上東門院彰子に新しい物語を書いてほしいと依頼がありました。

そこで彰子に仕える女房たちの中でも
特に才女の誉れ高い式部に、お声がかかったのでした。

「内親王さまは『竹取物語』も『伊勢物語』
何度もお読みになって、飽き飽きしていらっしゃるのよ。
新しい物語をご所望なのです。そして私も同じ気持です。

式部はこんなに頭がいいんだもの素晴らしい物語が
書けるはずです。式部の書いた物語。ぜひ読みたいわ」

こうして式部は
新しい物語を書くことになりますが…
何を書いていいか、いっこうに見当もつかず、
日数だけが経っていきます。

『蜻蛉日記』と石山寺

「え、書けない?」

「はい。やっぱり私には無理でございます」

「そんな…あなた、肩に力が入りすぎなんじゃないの?
式部はまじめすぎるところが玉にキズですよ。
…そうだ。石山寺に参詣してくるといいわ。
きっと、いい着想が得られます」

「はあ…石山寺…ですか…」

「石山寺」といって式部がまず思い出すのは
『蜻蛉日記』の主人公が浮気がちな夫との生活に疲れ果て、
石山寺にこもる場面です。

式部は『蜻蛉日記』が好きでした。

愛の無い結婚生活を赤裸々につづった文章は
悪いこともいいこともひたすら正直に書いてあり、
「えっ、こんなことまで書いていいの」という衝撃がありました。

たとえば夫に愛人ができて、
さらにその愛人に子供まで出来たと知った
作者は、悔しいやら、情けないやら、
いたたまれない思いになります。

ところがその愛人の子が流産したという
話がきこえてきます。

その時主人公たる作者は、
「ざまあみろ。ふふん、いい気味」と大喜びします。

道徳的に見るとたとえ愛人の子といえ
子供の死を喜ぶことはどうかと思うのですが、
そういう気持すら包み隠さず、正直に書いてあるのでした。

「世間が何を言おうと、
これは事実、私の心の中に起こったことだから、
ぜんぶ、書くのよ」

…そう言っているような、強い信念を感じました。

(私もいつか、こんなにも包み隠さず
人の心をとらえた作品を書いてみたい)

式部は、そう思ったりもしたのでした。

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石山寺へ

式部は上東門院彰子からしばらくのお暇を
いただき石山寺へ向かいます。

壷装束に着替えた式部は、
上東門院が手配してくれた牛車に
お供の女房たちと共に乗り込みます。
車のまわりには、警護の武士数名がつきそいます。

ガラガラ、ガラガラ、ガラガラ…

夜中、御所を出発し、粟田口から京都を出て、
逢坂の関で関所越えの手続きをしつつ牛にエサをやり、
大津に入った頃には夜がすっかり明けていました。


京都~石山寺へ

大津の打手の浜でいったん車を降りて
船で琵琶湖に漕ぎ出します。

「まあ、すばらしい風」
「気持ちいいですわねえ」

お供の女房たちとワイワイいいながら、
舟にゆられること一刻。やがて舟は瀬田川に
漕ぎ入り、瀬田の唐橋をくぐったところで岸につきます。


石山寺から見る瀬田川

岸ではさきほど別れた車がすでに待機していました。

少し行くと、もう石山寺の入り口です。

「ようこそ石山寺へ。
長旅でお疲れでしょう。ささ、お供の方々にも
お茶をご用意しております」


石山寺正面


石山寺の参道

石山寺の住職は、快く迎えてくれます。寺のふもとで
牛車をとめて、長い石段を登って行きます。

「ふうふう…運動不足かしら」


石山寺境内の奇岩


石山寺境内の珪灰石


石山寺境内の珪灰石

石山寺の石段を登っていく式部。ふと横を見て、
思わず息を飲みました。

眼下に広がる瀬田川の流れ。その先に広々とした
琵琶湖、琵琶湖のまわりには近江冨士といわれる
三上山。比叡山、比良の高嶺、はるか向うには伊吹山までも
見渡せました。

「たしかに…ここなら良い作品が書けそうな気がします」

八月十五日仲秋の名月の晩…、

式部は琵琶湖にうつる月をながめて、
ぼんやりしていました。

「なんて寂しい月でしょう…。都から少し離れた石山でさえ、
こんなにも寂しいのです。その昔、
須磨に流された在原行平さまはどんなにか、お寂しかったことでしょう。
華やかな都のことを思い出して、涙したことでしょうねえ」

「…はっ!!」

その時、式部の頭の中に何事か、ひらめきました。

式部は駆け出し、宿坊に戻ると、筆硯を取り出し、
手近にあった大般若経の料紙に、
サラサラサラと書きつけました。

今宵は十五夜なりけりと思し出でて、殿上の御遊恋ひしく…

須磨に流された貴族の若者が、
華やかな都での管弦の遊びを思い出している場面です。

彼はなぜ流されたのか?
どんな罪を犯したのか?

まだ細かい設定は何も無く、主人公の名前すら決まっていませんでしたが、
筆は止まることを知らず、式部は夢中になって書き進めました。

後に『源氏物語』五十四帖の中に
組み込まれることになる須磨の巻です。

これぞ『源氏物語』のはじまりとして
石山寺に伝わる伝説です。

現在、石山寺本堂右手の「源氏の間」に、紫式部の像と式部の硯が
安置してあります。とてもかわいい式部像です。
式部のうしろにちょこんと顔を出しているのは、娘の
賢子(けんし。大弐三位)だと思います。


石山寺「源氏の間」の紫式部像


石山寺「源氏の間」の紫式部像


石山寺「源氏の間」外観

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に
雲隠れにし夜半の月かな 紫式部

有馬山猪名の笹原風吹けば
いでそよ人を忘れやはする 大弐三位

百人一首に採られた、紫式部と大弐三位の歌です。

また境内には「石山寺」の名の由来ともなっている
天然記念物の珪灰石が見事にそびえます。


石山寺境内の珪灰石


石山寺境内の珪灰石

松尾芭蕉は大津滞在中に石山寺を訪れ、
この珪灰石について句を残しています。

石山の 石にたばしる 霰かな ばせを


石山寺 芭蕉庵



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