応神天皇(四)宇治川の戦い

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応神天皇がお隠れになった後、オオサザキノミコト(大雀命)は、天皇の仰せに従って、天下を弟ウジノワキイラツコ(宇遅能和紀郎子)に譲りました。

「弟よ、父君の遺言どおり天下を治めるのだ」
「兄上、私にできるでしょうか。どう考えても兄上のほうが
器のような気がしますが…」

「そんなことはない。私は父の仰せどおり、補佐に徹するので、
弟よ、しっかりと天下をしろしめしてくれ」

しかし、ウジノワキイラツコが天皇になることに納得いかない者がありました。オオサザキとウジノワキイラツコの兄であるオオヤマモリノミコト(大山守命)です。崩御した天皇からは「お前は山と海の政を行え」と仰せつかっていましたが、どうしても納得いきませんでした。

「ふん。山と海を治める?そんなの、ザコじゃないか。
俺は、どうしたって、天下を治めるんだ」

オオサザキ、ウジノワキイラツコ、オオヤマモリ
オオサザキ、ウジノワキイラツコ、オオヤマモリ

オオヤマモリノミコトはひそかに軍勢を整え、弟ウジノワキイラツコを攻め滅ぼそうと、
ウジノワキイラツコの宇治の館に軍勢を差し向けようとしていました。

それを、いち早く察知したオオサザキは、弟ウジノワキイラツコに言います。

「オオヤマモリの兄上が、あなたを殺そうとしています」
「なんと!ああ…やっかいなことになった。
やはり、私は天皇の器などではないのだ。いっそオオヤマモリに帝位を譲ってしまおうか…」
「何をおっしゃいますか。そんな弱気はダメです。
オオヤマモリの兄が帝位につけば、暗愚な天皇の下で一番苦しむことになるのは
民です」
「しかし、どうするのだ」
「私に、考えがあります」

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そこで、軍勢を宇治川の渚に伏せておいて、宇治の山の上に絹を垣根のように張って幕屋を建て、舎人(下級の役人)をいつわ って王《みこ》として、派手にあぐらをかかせ、大勢の大臣や役人たちが敬って行き通う様子は、いかにも王のいます所のように 見え、さらに兄オオヤマモリが宇治川を渡ってきた時にそなえて、飾り整えました。

船と舵はサネカヅラの根をついてその汁の滑りを取って、その船の中の船底のすのこに塗り、ふむと滑って倒れるように細工をしておいて、王子ウジノワキイラツコは、布の衣・袴を着て、すっかり卑しい人の姿となって、舵を取って船の上に立っていました。

兄オオヤマモリは、兵士を隠し伏せておいて、衣の内に鎧を着て、宇治川のほとりに到り、船に乗ろうとするときに、向うの山 の上の、絹の幕屋が飾り立てられ、その真ん中にデンとアグラをかいている者を見て、あれが弟に違いないと思い、

(弟め。あんな所でアグラをかいてやがる。
今叩き殺してやるぞ)

そう思って、まさかその弟が、山の上ではなく、まさに今、この船の上に舵を持って立っているのを知らずに、その舵取りに尋 ねました。

「あの山の上に、怒り狂った猪がいると聞く。
俺はその猪を捕らえることができるだろうか」

「無理でしょう」

「なぜ無理か」

「たびたび、あちこちで討ち取ろうとしましたが、
無理でした。なので無理でしょうと申し上げました」

(ふん。面白くない奴だ。まあいい…)

船が宇治川の中ほどまで来た時、

「それっ!!」

ドーーン

舵取りが突然大きく飛び上がり、船が大きくゆれ、

「うわっ!!」

不意をつかれたオオヤマモリはつるんと船板をすべって、
ドバシャーンと宇治川に投げ出されてしまいました。

しばらくして、ぷはっと水面から顔を出したオオヤマモリは、
しかしすぐに宇治川の速い流れに、スーーウと流されていきます。

「うわっ、助けろ、助けろーーっ!!」

流されながら、オオヤマモリが歌って言うことに

ちはやぶる 宇治の渡に 棹取りに
速けむ人し 我が 仲間《もこ》に来む

(ちはやぶる宇治の渡し場で、棹をすばやく操る者たちが、
私を助けに来るだろう。「ちはやぶる」は「宇治」を導く枕詞)

その時、河のほとりに伏せていた弟ウジノワキノイラツコの手の兵士たちが、バッと立ち上がり、弓をかまえて、流されていくオオヤマモリを射殺す構えを見せました。

「ああっ、オオヤマモリさまーーっ!!」

兄オオヤマモリ側の兵士たちは飛び出そうとしたものの、下手をすると自分が射殺されるので、オオヤマモリを助けに出て行くことができませんでした。

「どうした。お前ら、助けろ。我を助けろーーっ
うわっぷ。ひいい。ごぼごぼ…」

オオヤマモリはどこまでも流されていき、はるか下流まで流されて、沈みました。

「引き上げろーーッ!!」

オオヤマモリが沈んだところを鉤でさぐってみると、オオヤマモリが衣の下に着ていた鎧に鉤がひっかかって、カワラと音が鳴 りました。それで、その場所を名づけてカワラノサキと言うようになりました。

こうしてその死体を引き上げた時に、おお…兄上。こんなことになるなんて。駆け寄った弟ウジノワキイラツコが歌って、兄の死を悼みました。

ちはや人 宇治の渡に 渡り瀬に
立てる 梓弓檀《あづさゆみまゆみ》
い伐《き》らむと 心は思《も》へど い取らむと 心は思《も》へど
本方《もとへ》は 君を思ひ出《で》 末方《すえへ》は 妹《いも》を思ひ出
苛《いらな》けく 其処《そこ》に 思ひ出 愛《かな》しけく
此処《ここ》に思ひ出 い伐《か》らずそ来る
梓弓檀《あづさゆみまゆみ》

(宇治の渡し場に、渡り瀬に立っている檀《まゆみ》の木。
切ろうと心には思ったけれど、取ろうと心には思ったけれど
根元のほうを見ては貴方を思い出し、梢のほうを見れば妹を思い出し
心が痛んで、そこを見るにつけても思い出し愛しいことでしたので、
ここまで、その思い出の木を切らずに来たのに。
その檀の木を切らずにきたのに。ああ…とうとう切ってしまった)

こう歌って、オオヤマモリの遺体は那良山《ならのやま》に葬りました。

オオサザキ、ウジノワキイラツコ、オオヤマモリ
オオサザキ、ウジノワキイラツコ、オオヤマモリ

譲り合う兄弟

こうして、敵オオヤマモリは滅びました。

オオサザキノミコトとウジノワキイラツコの兄弟はお互いに天下を譲り合いました。
「弟よ、どうか」「いえいえ、兄上こそ」なかなかどちらが天皇になるかが、決まりませんでした。なぜこんなことになったか謎 ですが、中国から入ってきた思想の影響とも言われています。

ある時、天皇にお食事を差し上げる役人が兄のほうに差し上げようとすると、「いやいや、まずは弟から」とおっしゃって譲り 、弟のほうに差し上げようとすると、「そんな、まずは兄上に」とお互いに譲り合いました。

また兄のほうに差し上げようとすると、「いやいや、まずは弟から」とおっしゃって譲り、弟のほうに差し上げようとすると、 「そんな、まずは兄上に」とお互いに譲り合い、こんなことが何度も重なって、その人は疲れ果てて、ワアァァーーと泣き出して しまいました。

しかし弟ウジノワキイラツコは早く亡くなってしまったので、オオサザキノミコトが天下を治めました。16代仁徳天皇です。

≫つづき【応神天皇(五) 新羅の王 来朝~神功皇后の出自】

解説:左大臣光永

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