仁徳天皇(一) 竃の煙

竃の煙

大雀命《おおさざきのみこと》(仁徳天皇)は、難波の高津宮《たかつのみや》(大阪市中央区法円寺付近)にあって天下を治められました。

ある時天皇は高い山に登って、四方の国を見ておっしゃいました。

「国の中に、米を炊く煙が立っていない。民は皆貧しいのだ。よし。これから三年の間、租税と労役を免除せよ」

税収がまったく無くなったわけで、宮殿は破れ崩れて、いたる所で雨漏りがしましたが、まったく修理もなさいませんでした。木の箱で雨漏りを受けて、漏らない所に移って雨を避けられました。

後にふたたび山に登って四方の国を見ると、民の家々から炊事の煙が立ち上っていました。「よし、民は豊かになった」ようやく課税と労役を再会しました。こうして人民は富み栄え、労役に苦しむことがありませんでした。よってその御世を讃えて聖帝《ひじりのみかど せいてい》の世と言いました。

嫉妬深い皇后

仁徳天皇の皇后石之日売命《いわのひめのみこと》は、たいへ嫉妬深い女性でした。なので、天皇にお仕えしている后たちは、天皇の宮の内を覗き見ることもできませんでした。ちょっとでも噂が立つと、皇后は足をバタバタさせるほど嫉妬するのでした。

ところで、天皇は吉備の海部直《あまべのあたい》の娘で黒日売《くろひめ》という女が、容姿端麗でとても美しいことをおききになり、召し上げてお側に置いておられました。

(帝のおそばにいたいのは山々です。ああ…でも皇后さまは
とても嫉妬深いという話。おそろい。おそろしい)

とうとう黒日売は皇后の嫉妬を畏れるあまり、故郷に逃げ帰ってしまいました。

「おお黒日売が、黒日売が行ってしまう…よよ」

天皇は高殿に上り、はるか海の彼方に遠ざかり行く黒日売の乗った船をご覧になり、
歌を詠みました。

それを聞いて皇后は嫉妬に狂いました。

(あの小娘。まんまと天皇をたぶらかしたのだわ!!)

皇后は人を難波の海に遣わし、黒日売を船から降ろさせ、
わざわざ陸路を歩いて故郷まで帰らせました。

吉備のクロヒメ

しかし天皇は黒日売のことを忘れることができませんでした。

(そうはいっても皇后がうるさいし…
でもどうしても会いたい。そうだっ)

ある日天皇は淡路島を見ようと行ってお出かけになりました。そして淡路島ではるか海の向うをご覧になり、瀬戸内海の素晴らしい景色を歌にお読みになりました。

そのまま天皇は、淡路島から船に乗って陸伝いに吉備国までおいでになりました。

黒姫はその国の山のほうに天皇をお迎えして、お食事を差し上げました。

「陛下、お久しぶりでございます」
「おお、おお、黒比売。元気であったか」

さて黒日売が天皇に差し上げる熱い汁物を煮ようとしてその土地の高菜を採っていた時、天皇がガサッ、ガサッと近づいてこられ、歌っておっしゃるには、

山方《やまがた》に 蒔《ま》ける青菜も 吉備人《きびひと》と
共にし摘めば 楽《たぬ》しくもあるか

(山のあたりに蒔いた青菜も、吉備の乙女といっしょに摘めば、
楽しいことよ)

その後、天皇が都に戻られる時、黒日売が歌を献上しました。

倭方《やまとへ》に 西吹き上げて 雲離《くもばな》れ
退《そ》き居《お》りとも 我忘れめや

(大和の方角へ西風が吹き上げて、雲は離れていきますが、
そんなふうに貴方が私のもとを去っても、私は貴方を忘れません)

また、黒日売が歌って、

倭方《やまとへ》に 行くは誰《た》が夫《つま》
隠《こも》り処《づ》の 下よ延《は》へつつ
行くは誰《た》が夫《つま》

(大和の方へ行くのは誰の夫でしょう。私の夫です。
人目をはばかって、ひそかに心を通わせつつ、行くのは
誰の夫でしょう。私の夫です)

≫つづき 「ヤタノワカイラツメとの恋」

解説:左大臣光永
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