聖徳太子と甲斐の黒駒

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「馬子さま、すばらしい馬が集まりましたね」

「ははは。皇子(みこ)さま、
皇子さまが一番気に入った馬を選ばれるとよろしいですよ」

甲斐の黒駒
【橘寺にある甲斐の黒駒の像】

598年(推古天皇6年)、
聖徳太子と大臣(おおおみ)・蘇我馬子は
国々に命じて名馬を献上させました。
飛鳥の宮殿の馬屋には国々から集められた何百頭という馬が並びます。

「うーん…どれもすばらしい馬ばかりですね。
一番を選べと言われても迷ってしまいますよ…」

「やや…これは!!」

聖徳太子は一頭の馬と目があいました。
体は青く、足は四本とも白く、
とても立派な顔つきをしています。馬が言います。

「私は甲斐の国の黒駒と申します。
皇子さま、私に目をつけるとはお目が高いですよ。
私を皇子さまの愛馬にしてください」

「おお!甲斐の黒駒か。すばらしい。
こっちこそ、お願いするよ」

聖徳太子は黒駒の顔に自分の顔をすりつけて、
黒駒の顔をなでなでしました。

聖徳太子は甲斐の黒駒を大切に養わせます。
ほどよくしつけができた頃、黒駒の背に鞍を置いて
聖徳太子は黒駒の背にのぼります。

「よっと…」

聖徳太子が鞍にまたがると、

ヒヒーーン

ターーンと地面を蹴って、黒駒は
飛び出します。

「うわっ」
「皇子さま!!」

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ふわり宙に体が浮いた黒駒は、
少し先の地面に着地するかと思うとそうではなく、

そのまますーーと飛んでいき、

蘇我馬子と家来たちがおどろく中、
黒駒は馬屋の入り口をくぐって宮殿の中庭に漂い出ると、
上昇気流に乗るようにすーーと空高く舞い上がります。

「わあああーーっ!」

「皇子さま!皇子さまーっ!
おい、誰か皇子さまをお助けしろーっ!」

蘇我馬子がワアワア言って家来を集める間にも、
聖徳太子を乗せた黒駒はぐんぐん空へ上がっていきます。

蘇我馬子と家来たちがずっと下のほうに小さくなり、
宮殿全体が見渡せるほどにまで馬は駆け上がります。

「皇子さま、ビックリさせてごめんなさい。
私を選んでくださったお礼に、すごい所へお連れしますよ」

「すごい所ってお前…」

ビュウウウウーーン

「わ、わああーーっ」

必死に黒駒のたてがみにしがみつく聖徳太子。

黒駒は一気に加速し、飛鳥寺の五重の塔の脇を、
ばらーん、ばらーんと屋根瓦二三枚弾き飛ばして飛んでいき、

鈴鹿山を越え、
伊勢湾を越え、東海道ぞいの陸地や海を真下に見ながら飛んでいき、
その先には、


黒駒の飛行ルート

「皇子さま、見えてきました。見てください」
「ん?あれは…ひょっとして、噂に名高い富士の山かい!
うわあ、はじめて見たよ。伊勢の鈴鹿山よりずっと大きいんだね!」

黒駒は富士山上空を一気にかけあがり、
眼下には富士の火口からもくもくと煙が上がるのが見えました。

そして富士山を超え甲斐を通って信濃に入ります。

信濃で黒駒と聖徳太子は地上に降り、信濃名物信州そばを仲良く食べて、
また黒駒は太子を乗せて空を飛び、わずか3日で都に戻ってきました。

「皇子さま、心配しました!よく御無事で」

とりすがる蘇我馬子。

太子はごめんごめんと蘇我馬子をなだめながら、
富士山のことなどを蘇我馬子に話して聞かせるのでした。

黒駒は聖徳太子にとてもよくなつきました。
後に聖徳太子は斑鳩に自分がすむ宮殿を建てますが、
斑鳩から飛鳥の都へは20キロも離れています。

ふつうなら通勤がたいへんですが、
聖徳太子には黒駒があったので平気でした。

聖徳太子はいつも黒駒にまたがって、
斑鳩から飛鳥の間を飛んで、行き来しました。

奈良・斑鳩にある駒塚古墳は、黒駒を葬った場所と言われています。

解説:左大臣光永

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