聖徳太子の片岡山伝説

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その昔、聖徳太子が愛馬黒駒にまたがって、
大和国葛城の片岡山を通りかかった時のことです…

ぱっか、ぱっか、ぱっか、ぱっか、

ギャア、ギャア、ギャア

「ずいぶん恐ろしい感じの山道だなあ…」

カラスが鳴き、空はどんよりと曇り、
枯草が鬱蒼としげって、
異様な雰囲気です。そんな中、
聖徳太子を乗せた黒駒は、ひたすら歩いていきます。

すると…

「うう…ううう…」

どこからか、
うめき声とも、嘆きともつかない声が響いてきます。

「…何だ?」

見ると、ボロをまとってガリガリに痩せた男が、
道端に横たわっています。

「おお…不憫な…」

聖徳太子は馬を止め、急ぎ馬から降り、道端の男に近づきます。

「そなた、名は?」

「ううう…」

男はうめくばかりで、答える元気も無いようでした。

「なんと不憫なことだろう。
せめて、これだけでも、召し上がってください」

聖徳太子は持ってきていた水と食料を男に与え、
衣をかけてやります。男の衣はボロボロでしたが、
ほんのりとよい香りが漂っていました。

そこで聖徳太子は、歌を詠みました。

しなてる片岡山に 飯(いひ)に飢(ゑ)て旅に 臥(こや)せる その旅人(たびと)あはれ 親無しに 汝(なれ)生(な)りけめや さす竹の 君はや無き 飯に飢て臥せる その旅人あはれ

(片岡山に、飢えて横たわっている、
その旅人の不憫さよ。
親も無しにお前は生まれたのか。
お前の国に君主はいないのか。
飢えて横たわっている、その旅人の不憫さよ)

『万葉集』にはこの歌を短くしたような歌が
聖徳太子の歌として載っています。

家ならば妹(いも)が手(て)まかむ草枕
旅に臥やせる この旅人(たびと)あはれ

(家にいたなら妻が腕で枕をしてくれたであろうに、
旅の途上で草を枕に横たわる、この旅人の
不憫なことよ)

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聖徳太子は斑鳩の宮に戻ってからも、
片岡山で倒れていた男のことがどうにも気になりました。

一日中、男の顔が浮かんできて、
政務も手につきませんでした。

(まだ生きているだろうか…)

そこで聖徳太子は、片岡山に人を遣わします。
しばらくして、戻ってきた使いの者が、
聖徳太子に報告します。

「太子さま、残念ながら…かの者は、
すでに息絶えておりました」

「そうか…。不憫な…。せめて墓を建てて
葬ってやろう」

聖徳太子は片岡山に墓を建てさせ、
男の死骸を丁重に墓におさめました。

しかし、何日経っても、聖徳太子の頭からは、
男のことがどうしても離れませでした。

「どうもあのお方は、普通の方では無いようだ。
きっと徳の高い聖(ひじり)に違いない」

そこで聖徳太子は、また人を遣わして、
片岡山の墓を調べさせます。
戻ってきた使いの者が聖徳太子に報告します。

「太子さま!おかしいです。
墓の中はもぬけのカラです。しかも墓を動かした形跡も
なく、墓の上には、太子さまの御衣(おんころも)が、
丁寧にたたんで置いてありました」

「やはりな…。
いにしえの尊き聖が、あのような御姿であらわれたのだ。
ありがたいことだ」

太子は西に向かい手をあわせました。
一説に、男は達磨大師の化身であったということです。

「聖は聖を知るというのは、まったく真実だったのだ」

人びとはそう言い合い、
聖徳太子をますます尊敬するようになりました。

解説:左大臣光永

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