允恭天皇(一) 軽太子と衣通姫

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伊予に流される

穴穂御子のもとに連行されていく時、
途中で気がついた軽太子は、妹の軽大郎女をしのんで歌いました。

天廻《あまだ》む 軽の嬢子《おとめ》 甚泣《いたな》かば 人知りぬべし
波佐《はさ》の山の 鳩の 下泣きに泣く

(軽の乙女よ、大声で泣けばばれてしまうだろうと心配して、
お前は波佐の山の鳩のように、声を押し殺して泣いているのだね)

また歌いました。

天廻む 軽嬢子 確々にも 寄り寝て通れ 軽嬢子ども

(軽の乙女よ、しっかり私に寄り添って供に寝てくれ。そしてほかの
女たちも) 

「さあ、太子さま、お乗りください」
「ああ…いよいよ海の向うに行くのか」

軽太子は船に乗り、伊予の国に流されました。その時歌っていうことに、

天飛ぶ 鳥も使そ 鶴が音の
聞えむ時は 我が問はさね

(空を飛ぶ鳥も、使いなのだ。鶴の声が聞こえる時は、
軽の乙女よ、私の名を尋ねてください。きっと鶴が私の消息を
貴女に告げてくれるでしょう)

また歌って言うには、

大君《おおきみ》を 島に放《はぶ》らば 船余《ふなあま》り
い帰り来むぞ 我が畳《たたみ》ゆめ 言《こと》をこそ 
畳と言はめ 我が妻はゆめ

(大君たるこの私を四国に追放するなら、きっと帰ってくるぞ。
だから、私の部屋の敷物はそのままにしておいてくれ。
愛しい妻よ、敷物という言葉のように、新しく取り替えられるのではなく、
私が帰ってくるまで、変わらないお前でいておくれ)

(ああ…兄上。こんなことになってしまって。
なんて悲しいこと)

妹君である軽大郎女、別名衣通姫は、兄である太子《おおみこ》に歌を献上しました。

夏草の 阿比泥の浜の 掻き貝に 足踏ますな
明して通れ

(道中、あいねの浜の貝殻で足をお怪我なさいますな。
一晩明かしてからお通りください)

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心中

そして後にまた、衣通姫は恋しい気持ちが抑えきれず、とうとう
伊予国に兄を追って漕ぎ出しました。その時に歌って言うには、

君が往《ゆ》き 日長《けなが》くなりぬ 造木《やまたづ》の
迎へを行かむ 待つには 待たじ

(あなたが行ってからずいぶん日が経ってしまいました。
もう待てません。そちらへ向かいます)

「兄さま」「お前」

ようやく兄に追いついた妹。兄と妹はひしと抱き合い、
そこで兄は詠みました。

隠《こも》り処《く》の 泊瀬《はつせ》の山の大峰《おおを》には
幡《はた》張り立《だ》て
さ小峰《さおを》には 幡張り立て 大小《おほを》よし
仲定める 思ひ妻あはれ
 
槻弓の 臥る臥りも梓弓
立てり立てりも 後も取り見る
思ひ妻あはれ

(初瀬の山の高い峰に幡を立て、低い峰にも幡を立て、
高きにも低きにどちらにも幡を立て、そんなふうに
私との仲がゆるぎない、愛しいお前。

弓を横に置こうが縦に置こうが、どっちにしても
大切に扱うことには変わりはない。そんなふうに、
これからも愛しいお前を、寝ても立っても大切にしていきたいのだ)

また歌って曰く、

隠(こも)り処(く)の 泊瀬の河の 上(かみ)つ瀬に
斎杙(いしろ)を打ち 下(しも)つ瀬に 真杙(まくい)を打ち
斎杙(いしろ)には 鏡を懸け
真杙(まくい)には 真玉(またま)を懸け 真玉なす
吾(あ)が思ふ妹(いも) 鏡なす 吾(あ)が思ふ妻
有りと言はばこそよ 家にも行かめ
国をも忍はめ

泊瀬の河の上流の瀬に神聖な杭を打ち、
下流の瀬に立派な杭を打ち、
上流の神聖な杭には鏡を懸け、
下流の立派な杭には玉を懸け、
私の愛しい妹。鏡のように私が愛しく思う妻。
そんな愛しい者がいればこそ、家や国を
なつかしく思うのだ。しかし私の愛しい妻は
ここにいる。家や国ではなくここに。
だから、もうこれでじゅうぶんだ。

「妹よ、覚悟はできておるか」
「はい。兄さま」

手に手を取り合って川の瀬に身を投げ、
ご自害なさいました。

≫つづき【安康天皇(一) オオクサカの殺害とマヨワの復讐】

解説:左大臣光永

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