エウカシと土蜘蛛

エウカシとオトウカシ

熊野を出発したカムヤマトイワレビコ一行は
奈良盆地目指して進んでいきます。

吉野から奈良盆地に抜ける途中の宇陀には、
兄宇迦斯(エウカシ)・弟宇迦斯(オトウカシ)の兄弟がいました。

まず八咫烏をエウカシ・オトウカシのもとに遣わします。

「ギャア、ギャア、
天つ神である御子がおいでになった。お前たち、従うか」

「ふん、生意気なカラスめ」

キリキリ…

ひょう!

エウカシは鏑矢を引き絞り、放ちました。

バサッとよける八咫烏。

ひょう!ひょう!ひょう!
バサッ、バサッ、バサッ

さらに二の矢、三の矢、次々と放たれますが、
八咫烏はよけます。

「ふん。従わないってことだな。よおくわかったよ。
後で泣いて謝ってきても、遅いんだからな。
ギャア、ギャア」

バサバサ…バサバサ…

八咫烏は飛び去りました。

「くっ、敵はすぐに攻めてくるぞ。すぐに戦の準備だ!」

兄宇迦斯は一族郎党駆り集め、戦の準備を進めますが、
恐れをなして逃げ出した者も多く、
ろくな人数は集まりませんでした。

「兄上、やはり天つ神の御子に逆らうのは
無謀ではないのでしょうか」

「ふははは弟よ、何を言うか。力で戦うだけが戦ではないぞ。
ここだ。ここを使うのだ」

兄宇迦斯はつんつんと自分の頭をつつきます。
頭を使って、知恵で攻めろということです。弟宇迦斯は
どちらかというと知恵の足りないタイプである兄が
そのようなことを言いだしたことに不安を覚えるのでした。

兄は語ります。

「従ったふりをして
大きな宮殿を作り、歓迎の宴会をしますと言っておびき出し、
その宮殿の中に罠を仕掛けて殺してしまうのだ」

(だめだこりゃ…)

弟宇迦斯はひそかに兄のもとを抜け出し、
カムヤマトイワレビコの陣営に参上します。

「私の兄である兄宇迦斯は天つ神の御子の使者を
射返し、待ち受けて攻撃しようと軍勢を集めていましたが、
集まらないと見ると今度は御子さまに従うふりを見せて
おびきよせ、宮殿に罠をしかけて御子さまを殺すのだと
言っています」

「なんと!けしからん」

道臣命(みちのおみのみこと)と大久米命(おおくめのみこと)が
怒りをあらわにします。

「しかし、どうしたものですかな?」
「ここは騙されたふりをしましょう」

こうしてカムヤマトイワレビコ一行は兄宇迦斯に騙されたふりをして
兄宇迦斯の歓迎を受けます。

「さあさあ、御子さま、どうぞこちらへ」

エウカシが罠を仕掛けた宮殿の中へ
カムヤマトイワレビコを案内しようとします。

その時、カムヤマトイワレビコの家来が、

「お前が行け!!」

ドカーー

後ろからエウカシを宮殿の中へ蹴り入れます。

「うひゃあ!ひい!とっととと、とっと…」

宮殿の中に蹴りこまれたエウカシ。そこへ、

ブウウン

巨大な木槌の罠が飛び出してきて、

「ぎゃああああ」

ぐしゃああああぁぁぁぁっ

エウカシはぺちゃんこに潰されました。
すぐにエウカシの死体をひっぱり出し、バラバラに斬り刻みます。
それで、その地を宇陀の血原(ちはら)と言うようになりました。

「みなさん、歓迎のしるしです。
遠慮なく食べて、飲んでください」

弟のオトウカシはカムヤマトイワレビコ一行に食べ物や
酒をふるまい、服従の意思を示しました。
その宴会の席で、カムヤマトイワレビコは勝利の歌を口ずさみました。

「宇陀の砦に罠をしかけたら、
鴫ではなく鯨がかかった。大漁じゃあ。
大漁じゃあ」

ワアアー

人々は御子の声にあわせて歌い、踊り、手を叩きました。

土蜘蛛

次に一行が向かった忍坂(おさか)では、
洞窟の中から異様なうめき声が響いてきました。

グルルル…グルルル…

「なんだ?」

一行が恐る恐る中を覗くと、キラリと無数の目が光って見えました。

「ひい!」

グルルル…グルルル…

暗闇にだんだん目が慣れてくると、尾の生えた男たちが
こちらをにらみつけて、うめいているのが見えました。

(これは噂にきく土蜘蛛という者たちだろう…)

そこでカムヤマトイワレビコは一計を案じました。

「やあやあ皆さん、
私たちは別に皆さんの敵ではないのですよ。
そんな怖い顔しないでください。仲良くやりましょう。
おい、すぐに宴会の準備を」

すぐに酒や料理の準備がされます。

土蜘蛛たちは戦になることを覚悟していたので、
思わぬことに宴会になり、拍子抜けしていました。
なんだ平和な人たちだなあ。これなら仲良くやっていけるかもと。

油断している土蜘蛛たちをよそに、
カムヤマトイワレビコは給仕の者たちにひそかに
太刀を与え、申し付けます。

「歌がはじまったら斬り殺せ」

宴もたけなわになった頃、みんなお酒がまわって顔も真っ赤な中、
カムヤマトイワレビコが前に出て、言います。

「ではみなさん、今日は歓迎の証に、
私の国の歌をご披露します。聞いてください」

「よっ!大将!」
「期待してまっせ!」

やんやと歓声が上がる中、
カムヤマトイワレビコが歌い始めました。

「勢い盛んな久米部の者ども、
今こそ武器を手に、敵を打ち砕き、叩き潰せ。
打ち砕き、叩き潰さずにおくものか」

それが合図でした。

土蜘蛛たちの後ろで控えていた給仕たちはジャラッと
太刀を抜き、

「でやああ」

振り下ろします。

「ぐはっ…ぐぶぶ」

バタッ…バタバタ

土蜘蛛たちは抵抗する暇もなく、
その場で切り伏せられました。

「またも勝利!!」

ワアアーー、ワアアーー

カムヤマトイワレビコは拳を振り上げ、
一同、鬨の声を上げました。

ニギハヤヒの服従

このようにカムヤマトイワレビコの軍勢は
行く先々で敵を滅ぼしながら進んでいきました。

そこへ邇藝速日命(ニギハヤヒノミコト)という者が参上します。

「天つ神の御子が天降られたときき、
その後を追って降ってまいりました。
どうぞこれを、お納めください」

ニギハヤヒノミコトは天の宝物を差し出しました。

ニギハヤヒノミコトがトミヤビメを娶って産んだ子を
ウマシマジノミコトといい、
物部氏・穂積氏・采女氏らの先祖といわれます。

このように天つ神である御子は荒ぶる神々を言向け平定し、従わない者どもを打ち払い、畝傍の橿原宮(かしはらのみや)にて天下を治められました。

≫つづき【カムヤマトイワレビコの結婚】

解説:左大臣光永
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